「学校に戻れなかったらどうしよう…」
「このまま学習が遅れてしまうのではないか…」
不登校の子どもがいる保護者の方にとって、このような気持ちを抱くのは、決して特別なことではありません。お子さまのことを真剣に考えているからこそ、当然の不安なのではないでしょうか。
この記事では、不登校の子どもの気持ちに寄り添いながら、学校の仕組みを多様な子どもたちに対応しようと変わり始めている学校の現状、ご家庭でできること、そしてお子さまの将来の可能性について、一緒に考えていければと思います。
変わる学校、広がる学びの可能性
日本の学校現場では、子ども一人ひとりの状況や学び方に合わせた柔軟な教育が求められています。文部科学省の調査によると、不登校の児童生徒数は増加傾向にあり、従来の学校の仕組みが、すべての子どもたちに対応しきれていないという課題を浮き彫りにしています。
▼不登校の現状について詳しく解説した記事はこちら
【不登校が過去最多の約35万人!】令和5年度文部科学省データ最新版 子どものために保護者と学校ができること
学びの多様化学校とは

文部科学省では、不登校の子どもの学びを継続するために、「多様化学校」の設置を推進しています。令和5年3月にとりまとめた「誰一人取り残されない学びの保障に向けた 不登校対策(文部科学省)」(COCOLO プラン)を踏まえて、令和5年8月までの名称である「不登校特例校」を「学びの多様化学校」に変更しました。学びの多様化学校は不登校の子どもの実態に配慮した教育課程を編成し、一人ひとりの状況に合わせた柔軟な学びができる、不登校の子どもの居場所です。
令和7年度の学びの多様化学校の設置形態をみると、本校型22校、分校型5校、分教室型22校、コース指定型9校とさまざまです。
学校型と分校型の違い
令和7年度の学びの多様化学校の設置状況は、小学校12校、中学校40校、高等学校11校で、令和6年度の小学校8校、中学校25校、高等学校6校から大幅に増加しています。
「学びの多様化学校」の中には、学校そのものが学びの多様化学校として指定されている「学校型」と、既存の本校と分離した分校を学びの多様化学校として指定する「分校型」があります。
現在も各都道府県に設置予定の学びの多様化学校が多くあり、今後もさらに増えることが見込まれます。
▼学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)の設置者一覧(文部科学省)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1387004.htm
分教室型とは

学びの多様化学校には「分教室型」もあります。これは、一般の小・中学校を母体とする本校を持ち、一部の学級のみを学びの多様化学校として指定するものです。
例えば、次のような場所に設置、または設置が予定されています。
学びの多様化学校分教室「調布市立第七中学校はしうち教室」
ホームページ:https://www.city.chofu.lg.jp/100030/p056018.html
平成30年4月に文部科学省の不登校特例校として設置し、現在は学びの多様化学校分教室型となっています。
■市民会館内
長崎市立桜馬場中学校分教室 (桜馬場中学校への入学・転校手続きが必要)
ホームページ:https://www.city.nagasaki.lg.jp/uploaded/attachment/47103.pdf
令和8年4月 長崎市民会館2階に 「長崎市学びの多様化学校(桜馬場中学校分教室)」を開室予定
■地域のコミュニティセンター内
さいたま市立いろどり学園小学部・中等部
ホームページ:https://www.city.saitama.lg.jp/003/002/001/p117896_d/fil/r7nendo-setsumeikai.pdf
さいたま市に令和8年4月開校予定の「学びの多様化学校」です。小・中一貫型小学校・中学校で、本校(さいたま市立教育研究所の一部)及び市内6か所のキャンパス(教育相談室の一室)に設置します。
■教育センター内
学びの多様化学校分教室ゆめのき
ホームページ:https://machida.schoolweb.ne.jp/1350006/page/frm6577da9e3baf9
2025年4月に町田市立山崎中学校を本校とした「学びの多様化学校分教室ゆめのき」を開設
学びの多様化学校の対象は?
学びの多様化学校に転入学・入室する対象となるのは、年間30日以上の欠席をしている不登校状態にある子どもです。その判断は小学校等の学校の管理機関が行い、断続的な不登校や不登校の傾向が見られる子どもも対象になるとされています。法的には以下のように定められています。
■学びの多様化学校の対象の定義
| 1 児童生徒について,不登校状態であるか否かは,小学校又は中学校における不登校児童生徒に関する文部科学省の調査で示された年間30日以上の欠席という定義が一つの参考となり得ると考えられるが,その判断は小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校(以下「小学校等」という)又はその管理機関が行うこととし,例えば,断続的な不登校や不登校の傾向が見られる児童生徒も対象となり得るものであること。他方,不登校児童生徒以外の児童生徒については,特別の教育課程の対象にはなり得ないこと。 ▼「不登校児童生徒の実態に配慮して特別に編成された教育課程に基づく教育を行う学校の概要」2 指定に係る留意事項 より引用 |
入学・入室までの流れ
学びの多様化学校に入学・入室するには、在籍校を通じて「分教室体験入室希望表」を提出する必要があります。その後、体験を経て、公立の場合は教育委員会が 入学・入室の可否を決定します。
■学びの多様化学校への入学・入室の流れ(例)
- 在籍校を通じて「分教室体験入室希望票」を提出する。
- 分教室の施設や授業見学を行い、分教室校長と面談の上、体験入室の可否を判断する。
- 分教室体験入室希望票を受理した学びの多様化学校は、教育委員会に当該希望票の写しを送付する。
- 分教室は体験入室期間中に体験入室記録表を作成し、教育委員会に資料として送付する。
- 体験入室後、入室を希望する場合は「分教室入室申請書」を教育委員会に提出し、教育委員会で入室検討委員会を設置して審議。
- 入室検討委員会からの報告をもとに、教育委員会で入室の可否を決定し、入室許可書により保護者へ通知。
▼学びの多様化学校解説資料「入学・入室までの流れ(例)」より引用

これらの流れを経て、入学・入室が決定します。
学びの多様化学校の特別な教育課程
学びの多様化学校の特別な教育課程については、学校教育法施行規則第56条等及び関係告示(学校教育法施行規則第56条等の規定に基づく同令の規定によらないで教育課程を編成することができる場合(平成17年文部科学省告示第98号))をもとに,次のように定義されています。
| 特別な教育課程は、当該学校に通う児童生徒の社会的自立に向けて、その実態や地域性等、様々な状況を鑑みて検討されるものであり、一概に決まっているものはない ▼学びの多様化学校解説資料(文部科学省)より引用 |
これは、不登校の子どもの学習にとって必要な特例であり、原則として、教育内容や総授業時間数などの削減は行うべきではないものの、不登校の子どもの教育環境の保証が難しい場合など、特別な理由があれば適用される特例であるとされています。

特別な教育課程の編成の流れの例として、次のようなものがあります。
- 目的…学びの多様化学校に通う不登校の子どもにどのような力をつけるべきか
- 手だて…目的を達成するための道筋を立てる
- 配慮…不登校の子どもが通いやすい学校にするための配慮の工夫をどのようにするか
- 工夫…②と③を進めるために削減した内容の補い方を検討する
特別な教育課程として、具体的には、次のようなものがあります。
■小学校における教科の新設の例
国語、算数を各40時間、計80時間削減。新設の教科「こつこつ」を年間80時間設定し、漢字や計算等の基礎・基本的な内容について個人のペースで学習する。
■授業時数の組み換えの例
国語、社会から計80時間削減し、総合を80時間追加する。総合の時間では、興味・関心のあること、将来の夢や目標に基づいた計画を自分で立て、教科横断的・探求的な学習を進める。
■削減を行う場合の例1
国語から20時間、数学から20時間、社会から20時間、理科から20時間削減する。基礎・基本的な内容を扱う時間は個人学習都市、一人一人の学習到達度に合わせた教材やタブレット端末等を活用しながら効率的に学習を進めることで時数の削減を行うとともに、昼休みと放課後の時間に個別学習スペースを設け、授業時間内に到達できなかった内容や、さらに発展的な内容音学習を望む生徒に対応する。
■削減を行う場合の例2
国語から20時間、社会から30時間、総合の全50時間、特別活動の全30時間を削減し、新設の教科「プロジェクト」を年間70時間設定する。プロジェクトで調査研究やイベントの企画・立案等を行い国語や社会の学習内容とも関連付けながら、生徒が主体となって学習を進める形で計画的に進める。
▼「学びの多様化学校の設置に向けて 手引き」「6.特別な教育課程の編成について」より引用

これらの目的は、不登校の子どもが学校に通いやすいよう、学習指導、進路指導、生活指導など、学校のさまざまな側面を柔軟にすることで、学びの選択肢を広げることです。そして、その核となるのが「学びの多様化」です。これは、子どものペースや関心に寄り添った学びを実現し、「個別最適な学び」と、他者との対話や協働を通じて関係性を築く「協働的な学び」を両立させることを目指しています。
学びの多様化学校の実践|八王子市立高尾山学園(東京都)

東京都八王子市にある八王子市立高尾山学園は、不登校の子どものための市立中高一貫校の学びの多様化学校です。高尾山学園では、不登校の子どもたちを特別な存在として扱うのではなく、すべての子どもが自分らしく学べる環境を学校全体でつくり上げています。
「学びの選択肢」を増やす柔軟な時間割
高尾山学園の学級編制は、小学部第4・5学年1クラス、第6学年1クラス、中学部は各学年1クラスずつとなっています。在籍者数の多い中学部では、第2学年と第3学年の少人数指導(自分に合った学び方を選択できるコース選択制)に学級数を増やすなど、子どもに合わせた学びを実施しています。
■特別な教育課程
- 総時数750時間程度に行事等(70~80時間程度)を含めている。通常の教育課程に比べ約2割削減している。
- 前学年の総合的な学習において、「講座学習」を週4時間設定。教科にとらわれず、子どもの関心・意欲に応じた体験的な授業内容とする。
- ソーシャルスキルトレーニングを活用したSST(ソーシャルスキルトレーニング)を実施することで、人と関わる力の基礎を養う。
■適応指導教室の活用
高尾山学園に通う前に、校内に設置された市教育委員会が運営する適応指導教室「やまゆり」に通い、高尾山学園へのゆるやかな転学を支援している。
定員を設けず、やまゆりに通う体験を通して転学の準備が整った子どもから転学できる体制をとっている。
■不登校の子どもの実態への配慮
授業に参加する気持ちが整わないときは、教室以外の「プレイルーム」や「相談室」「保健室」を居場所としていつでも支援を受けられる。
スクールソーシャルワーカーや心理相談員を配置した登校支援室を設置し、連携した支援体制を整えている。
発達特性のある子どもが利用できる特別支援教室(きよたき)を設置して個々の特性に応じた指導・支援を行っている。
「不登校支援」を学校の標準機能に
登校時間は9時~9時30分。「社会性の育成」「基礎学力の定着・向上」を掲げた授業改善推進プランで、小集団による学習、一人ひとりのレディネス(学習や行動を効果的に行うための準備が整った状態かどうか)を重視しています。
また、放課後の時間に子ども食堂の活動をしているNPOのサポートで放課後カフェを開催し、子どもとその保護者、学校関係者が気軽に立ち寄れる場所になっています。NPOのスタッフと子育て支援について話し合うことができ、子育ての悩みも話せる機会を設けています。
▼八王子市立高尾山学園のwebサイトはこちらから
https://hachioji-school.ed.jp/takao3g/page/root?tm=20250801102205
まとめ
不登校は、お子さまにとって、そして保護者の方にとって、とてもつらい経験かもしれません。しかし、お子さまの個性や特性に合った学び方、そして安心できる場所を見つけるチャンスでもあります。
不登校は、お子さまが、これまでの学校の枠組みでは合わないということを、身をもって示してくれているのかもしれません。そして、国も「学びを保障する」という考え方にシフトし、家庭や学校以外の学びも正式な学びとして認めるような制度の整備を進めています。
学校は変わり始めています。そして、子どもの未来は、多様な学びの選択肢によって、これからますます広がっていくでしょう。一人で悩まず、ぜひ学校や地域の専門家、そしてお子さまと対話を重ねてください。お子さまのために悩み、向き合うその一歩一歩が、お子さまの豊かな未来へと繋がっていくのではないでしょうか。
監修者
伊藤美奈子(いとうみなこ)先生
神戸女子大学教授/臨床心理センター長
臨床心理学や発達心理学を専門とし、特に学校現場における不登校、いじめ、教員のメンタルヘルスに関するテーマに取り組む。臨床心理士・公認心理師。文部科学省「不登校に関する調査研究協力者会議」委員、子ども家庭庁「いじめ調査アドバイザー」なども務める。不登校やいじめの問題に対し、理論と実践の両面から取り組み、幅広く活動している。
著書:『不登校の理解と支援のためのハンドブック:多様な学びの場を保証するために』(ミネルヴァ書房2022年)など。