発達障害の子どもを支える作業療法士のまなざし――家庭で伸ばす“できる力”の育て方
「うちの子、どうしてこんなに勉強が苦手なんだろう?」
読み書きや算数でつまずいたり、学校でのやり取りがうまくいかなかったり……発達障害のあるお子さんを育てる中で、そんな“困りごと”に直面する保護者の方は少なくありません。
けれど、それは「できない」ではなく「やりにくさ」のサインかもしれません。大切なのは、その子に合った方法で環境を整え、少しずつ「できた」を積み重ねていくこと。作業療法士(OT)は、そんな視点から子どもの支援に関わる専門職です。
今回は、けやき脳神経リハビリクリニックで多くの発達障害のお子さんと向き合ってきた作業療法士・伊藤さんにインタビュー。読み書きの困難やSST(ソーシャルスキルトレーニング)、家庭でできる支援の工夫、学校との連携の仕方まで、実際の支援現場での取り組みをわかりやすくご紹介します。
日々の関わりに悩んだとき、支援のヒントを見つける手がかりとして、ぜひご一読ください。
もくじ
作業療法士 伊藤香織さんに聞く ——すららコラム編集部インタビュー

作業療法士/けやき脳神経リハビリクリニック
伊藤 香織さん
病院や発達クリニックなど多様な現場を経て、現在はけやき脳神経リハビリクリニックにて、発達障害のある子どもへの支援に従事。読み書き障害やDCD(発達性協調運動障害)に対する認知面の評価とトレーニングを専門とし、ICT支援やSST(ソーシャルスキルトレーニング)も取り入れた実践を行う。千葉県の子ども向け教室でも活動中。
けやき脳神経リハビリクリニック 東京目黒区HP
https://keyaki-nrc.com/
1. 作業療法士としての支援とは?
ーー佐々木:現在のご活動について教えていただけますか?
伊藤:私は作業療法士として活動しており、けやき脳神経リハビリクリニックを中心に、千葉の「子ども目の教室」でも支援を行っています。主に、読み書き障害やDCD(発達性協調運動障害)のお子さんに対し、認知面の評価や訓練を行っています。
ーー佐々木:なるほど、認知面の評価や訓練というのは、具体的にはどんなことをされているんですか?
伊藤:たとえば読み書きの困難を抱えるお子さんには、音読練習や文字の形の捉え方などを工夫して提供しています。また、必要に応じて、困難さを数値化するための検査も行っています。普通級に通っているお子さんはもちろん、支援級や支援学校のお子さん、あるいは不登校傾向のあるお子さんも通ってこられます。ICTの使い方支援も行っており、学校との連携を保護者の方と一緒に進めることもあります。
2. 発達障害と読み書き・算数のつまずき
ーー佐々木:支援されているお子さんの中には、読み書きや算数に課題を抱えている子も多いかと思います。どのようなアプローチを取られているのでしょうか?
伊藤:そうですね。たとえば算数の支援では、「どこにつまずいているのか」を丁寧に見極めるところから始めます。数の概念が理解できていないのか、計算手順が苦手なのか、それとも文章題が難しいのか、それによって支援の方法がまったく変わってきます。
ーー佐々木:たしかに、文章題だと国語的な力も求められますし、単純な計算力だけでは対応できない部分がありますよね。
伊藤:おっしゃる通りです。たとえば文章題が苦手なお子さんには、「これは“足す”ことを聞いているんだよ」というふうに、言葉の意味を一つひとつ丁寧に整理してあげるようにしています。また、視覚的なヒント、たとえば重要な言葉を色で強調するような工夫も有効です。
ーー佐々木:私たちも、教材で情報の取捨選択ができるように、不要な情報はグレーアウトして、重要な部分をハイライトする仕組みを取り入れています。そうした視覚的な支援は、発達障害の子どもたちにとってとても有効ですよね。
伊藤:本当にそう思います。単位のつけ忘れで不正解になってしまうことも多く、そういった経験が子どもたちの自己肯定感を下げてしまうこともあるので、できるだけ成功体験を積めるように工夫しています。
ーー佐々木:家庭での実践としては、どんな工夫を保護者の方に提案されていますか?
伊藤:「声に出して数える」「一緒に台所で材料を数える」など、生活の中に自然と数の概念を取り入れる方法を提案しています。たとえば、「おはぎが10個あって、3つ取ってみて」というような日常の場面を活かした練習です。
ーー佐々木:生活の中での自然な学びは、無理がなくてとても良いですよね。お風呂で数を数えたり、買い物でお金を数えたり、実用的な学びの場がたくさんあります。
伊藤:特別な時間を取らなくても、日常の中で十分に学べる場面はあります。それを保護者の方と一緒に見つけていくのが、私たちの役割でもあると思っています。
3. 家庭でできる支援のヒント
ーー佐々木:お話を聞いていて、「家庭でできる支援」が重要なテーマだと感じています。けやきさんでは、どのようなアドバイスを家庭にされているのでしょうか?
伊藤:たとえば、ADHD傾向のお子さんの場合、「見通しを立てられるようにする」ことが大切です。そのため、今日の教室の流れをホワイトボードなどに書いて、「これが終わったら次はこれだよ」と示すようにしています。家庭でも同じように、宿題ややるべきことを順番に提示してあげると取り組みやすくなります。
ーー佐々木:たしかに、一度にたくさんの情報があると、それだけで気が散ってしまいますもんね。
伊藤:はい、たとえば宿題を全部見せてしまうと「無理」となってしまう子でも、1問ずつ渡していくと取り組めることがあります。「終わったら次ね」と段階的に提示することで、成功体験を積んでもらっています。
ーー佐々木:ご家庭での支援がそのまま子どもの成長につながるような、非常に実践的なサポートですね。とはいえ、家庭での支援には限界もあるのではと感じますがいかがでしょうか。私も家庭学習でのすらら受講生、その保護者の方とお話する機会が多いのですが、やはり当事者としての大変さに悩まれているように思います。
伊藤:おっしゃる通りで、親子だからこそ感情的になってしまったり、「つい言いすぎてしまった」という場面も多いです。なので、「簡単なことは家庭で、難しいところはけやきで」というように役割分担をしています。
ーー佐々木:第三者が入ることで、保護者の方の負担も少し軽くなりますよね。私たちのサービスでも、第三者としての“存在”が関係性を保つ鍵になると感じています。
伊藤:そうですね。「伊藤先生がこう言ってたよ」とお母さんが言えるだけで、親子の間に冷静さが保たれたりします。そこに“間”をつくるのが、支援者の役割でもあると感じます。
4. ソーシャルスキルトレーニング(SST)の取り入れ方
ーー佐々木:けやきさんではSST(ソーシャルスキルトレーニング)も取り入れていらっしゃるとのことですが、どのような内容で実施されているのでしょうか?
伊藤:はい、私は以前、精神科の病院に勤務していた経験もあり、そのときにSSTの重要性を強く感じました。たとえば「忘れ物をしたとき、どうする?」とか「お母さんとケンカしたら、どうする?」といった、日常の中で直面するシーンを取り上げて、子どもと一緒に考えるようにしています。
ーー佐々木:とても実用的ですね。いわゆる「空気を読む」といった力もありますが、まずはそうした具体的な場面での“どうするか”を考えることが、土台になりますよね。
伊藤:まさにそうです。ただ、「何に困っているのか」を子ども自身が言語化できないことも多いので、特別支援用のSST教材をいくつか準備して、その中から「この子にはこれが合いそうだな」というものを選んで使っています。
ーー佐々木:教材の選定自体も、支援者としての腕の見せ所ですね。
伊藤:はい。たとえば「友達に“貸して”って言えない」という子もいれば、「困っている人がいたらどうするか?」といった抽象的な問いに対応できない子もいます。そういった個々の課題に合わせて、テーマを柔軟に選んでいます。
ーー佐々木:なるほど、画一的なSSTではなく、個別性の高い支援をされているのですね。
伊藤:そうですね。最近は参考書や教材も豊富に出ていますが、逆に「どれを選べばいいかわからない」という親御さんも増えています。なので、「この教材が合っているかもしれませんね」と具体的にご提案するようにしています。
ーー佐々木:最近では英語学習に関する不安も出てきていると感じています。これも発達障害と関係はあるのでしょうか?
伊藤:はい、読み書きに課題がある子は、英語のスペルや文法でもつまずきやすいです。最近は「小学校の英語の教科書が難しくて…」というご相談も多くて、保護者の方に向けて、「もう少しやさしいものから始めてみませんか?」といったアドバイスも行っています。
ーー佐々木:まさに現場からの声ですね。今や英語は小学校から必修になりましたし、新たな学習の壁になっていると感じます。
伊藤:はい。ですから、こうした「学びの入り口」をどう工夫するかが大事なんだと思います。その工夫次第で、子どもの学ぶ意欲は大きく変わってきます。
5. 保護者との関係性が子どもを支える
ーー佐々木:少し話題を変えて、保護者の方とのコミュニケーションについてお伺いしたいと思います。どのような支援を心がけていらっしゃいますか?
伊藤:まず大事にしているのは、「話を聞く時間をしっかり取ること」です。お母さんたちは日々忙しいですから、例えば料理をしながら子どもの話を聞いてしまうこともあると思うのですが、10分でもいいので話だけに集中する時間を作ってほしいとお伝えしています。
ーー佐々木:なるほど。たとえ短くても、しっかり向き合う時間を確保するのが大事なんですね。
伊藤:はい。そして、最初は「そうだね」と共感することが大切です。親として「それは違うでしょ」と言いたくなる気持ちもわかりますが、まずは受け止めてから、「でも、他の子はどう思ったかな?」と視点を広げるような聞き方ができると、子どもも前向きに話せるようになります。
ーー佐々木:とても丁寧なアプローチですね。「共感→視点の移動」という順番が重要なのですね。
伊藤:そうですね。子どもたちは本当に、お母さんやお父さんのことが大好きです。だからこそ、否定されるとつらくなってしまう。まずは「あなたの気持ちもわかるよ」と伝えたうえで、「じゃあ、こういう考え方はどうかな?」と一緒に考えていくことが、信頼関係を育てるうえでもとても大切です。
6. 発達障害支援のこれから
ーー佐々木:近年、「発達障害」という言葉が広く浸透してきた印象があります。伊藤さんの実感として、支援が必要な子どもたちが増えていると感じますか?
伊藤:そうですね。昔から、クラスに1人や2人は特性のある子がいたと思います。ただ、今は子どもの数自体が減ったことで、そうした子どもたちが目立ちやすくなっているのかもしれません。また、医療やICT、検査の環境が整ってきて、「うちの子も何とかなるかもしれない」と思えるようになった親御さんが増えてきたと感じます。
ーー佐々木:「普通級で学ばせたい」という親御さんも増えている印象がありますよね。
伊藤:はい、お友達と一緒に学ばせたいという気持ちはとても素敵なことだと思います。ただ、その結果として「普通級の中で支援が必要な子ども」が増え、「発達障害の子が増えた」と捉えられるようになってきたのかなと。
ーー佐々木:確かに。私たちの周囲でも、「入学前に“名前が書けない”と相談する親御さん」が増えてきた印象があります。
伊藤:そうですね。昔は「小学校に入ればなんとかなる」と思っていた親御さんも多かったのですが、今は「早めに支援につなげたい」という意識が高まっています。良い傾向だと思います。
ーー佐々木:我々も10年ほど前から発達障害のあるお子さんへの支援を始めましたが、当時はインターネットの情報も混乱していました。「ADHD」と「ASD」がごっちゃになっていたり、「スペクトラム」の意味も曖昧だったり。最近では専門家による発信も増え、情報の整理が進んできた印象があります。
伊藤:支援の場もだいぶ広がってきましたよね。たとえば、放課後等デイサービスでも言語や学習など、専門性の高い支援が求められるようになってきました。
ーー佐々木:そうですね。家庭、学校、放課後サービス、それぞれの場が支援の場になり得る時代になってきました。けやきさんでも、そういった支援の拠点として機能されている印象を受けました。
伊藤:ありがとうございます。けやき脳神経リハビリクリニック自体は、2017年に開院したばかりの新しい施設ですが、院長先生の方針で「子どもへの支援にも力を入れよう」と最初から決まっていました。私はそのタイミングで入職しました。
ーー佐々木:そうだったんですね。これだけの手厚さから、長い歴史のあるクリニックなのかと思い込んでいました。
伊藤:実はそうでもないんです。でも、発達障害の検査だけでなく、検査後の読み書き支援まで行っているところは少ないと思います。私たちは、お教室的なアプローチも取り入れて、継続的な支援の場としての役割を意識しています。
伊藤:たとえば中学・高校受験を控えたお子さんへの支援など、長期的な視点が必要なケースも多いです。なので、「長く通っていただける場でありたい」と常に思っています。
7.まとめ|発達の支援に悩む保護者の方へ、作業療法士からのメッセージ
ーー佐々木:最後に、このインタビューをご覧になっている保護者の方へ、メッセージをいただけますか?
伊藤:はい。お子さんたちは本当は「学びたい」という気持ちを強く持っています。ただ、それをどう表現すればいいかがわからないことが多いのです。でも、少し工夫するだけで、子どもたちはちゃんと力を発揮できます。
伊藤:「できない」のではなく、「やり方を知らない」だけということもたくさんあります。私たちは、そうした“芽”を摘まないように、丁寧に向き合っていきたいと思っています。けやき脳神経リハビリクリニックが、そのお手伝いができればうれしいです。気になることがあれば、ぜひご相談ください。
ーー佐々木:ありがとうございます。この記事を通して、支援の第一歩につながる方が一人でも増えればうれしく思います。貴重なお話をありがとうございました。
けやき脳神経リハビリクリニックさんのHPはこちら
編集後記
今回のインタビューを通じて、「発達障害支援」「家庭でできる学習支援」「SSTとは」「読み書き障害 対応」といった現場の実践と知見が、多くの保護者の方に届けばと願っています。支援の最前線で活躍する作業療法士・伊藤さんのお話には、子どもの「できない」を「できる」に変えるヒントが詰まっていました。
| 筆者紹介:佐々木 章太(ささき しょうた)
株式会社すららネット 子どもの発達支援室 室長/すららコラム編集長
ICTを活用した家庭学習支援の専門家として、不登校・発達障害・学びづらさを抱える子どもと保護者に寄り添った支援メソッドを構築してきた。2015年より「出席扱い制度」の普及に取り組み、文部科学省への提言、自治体との連携、申請書支援などを通じて、延べ2,000名以上の出席認定支援に携わる。
現在は、教材開発、保護者支援、コーチ制度の設計などを担い、学習の継続と自己肯定感の回復を両立する“家庭学習の仕組み”づくりを推進。教育現場や家庭の声をもとにした発信にも注力し、「すららコラム」編集長として不登校・発達支援に関する実践的な情報を届けている。
デジタルと人の力をかけ合わせた、“子どもが前を向く学びの場”の創出をライフワークとする。
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※2016年1月~2017年6月の期間ですららを3ヶ月以上継続している生徒の継続率