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不登校の「生きづらさ」は家族で変えられる──カウンセラー山口氏が語る“構造的支援”のあり方

「不登校の背景には、家族や社会の“構造”が影響している」

──そう語るのは、カード会社、IT企業、そして、最後の6年は派遣会社のトップマネジメントを経て、現在は心理カウンセラー、企業の人事系コンサルタントとして活動する山口幹生さん。

メンタル不調の主な原因となる不安と緊張の克服をテーマとした心理カウンセリングを脳神経科学をベースとした認知行動療法を展開しています。現在はクライエント個人の悩みから、子育てなどの家族の問題にも寄り添い、心理教育とカウンセリングを行っています。

本記事では、不登校や発達障害のあるお子さんを抱える家庭に向けて、山口さんの実践的な支援アプローチと、親としてのあり方についてじっくりお聞きしました。

メンタルプログレス代表 EAPメンタルヘルスカウンセラー/山口 幹生 先生

プロフィール

メンタルプログレス代表
EAPメンタルヘルスカウンセラー/山口 幹生 先生

企業生活30年。15年の人事経験と6年の取締役経験を経て2020年に独立。社交不安や広場恐怖など「強い不安と緊張」に悩む方を、認知行動療法と心理教育を軸に支援。自身も長年社交不安を抱えていた経験をもとに、延べ2,900回以上のセッション実績を持つEAPメンタルヘルスカウンセラー。
メンタルプログレスHP:https://mental-progress.com/

心理カウンセラーとしての転身と原点

ーー佐々木:本日はよろしくお願いいたします。ご経歴と現在の活動内容について教えていただけますか?

山口: はい。私は今60歳なんですが、30年間は企業で働いていました。最初はカード会社で10年ほど勤めて、その後はベンチャー企業に移り、事業の立ち上げや吸収合併、あるいは撤退など、さまざまな場面を経験しました。ITベンチャー時代は非常に過酷な環境で、メンタル不調者が多く、その方々のケアや管理職向けの組織マネジメントを、産業医の先生と一緒に取り組んでいたんです。

ーー佐々木: なるほど。まさに企業の現場で、組織と個人の間に立つ役割をされていたわけですね。

山口: そうですね。企業の最後の6年間は、管理部門担当取締役としての責任も担っていましたが、コロナ禍の影響で業績が悪化し、責任を取る形で退任しました。ただ、独立はもともと考えていたことなので、退任は前向きな選択でした。

ーー佐々木: そこから心理カウンセラーとしての道を歩まれたのですね。

山口: はい。2020年12月に心理カウンセラーとして独立し、現在はカウンセリングと、企業のマネジメント層向け研修、そして人事・労務領域のコンサルティングを中心に活動しています。

ーー佐々木:心理の分野にまで活動領域を広げられた背景には、やはり企業時代のご経験があるのでしょうか?

山口: その通りです。人事歴が15年ほどあり、休職対応や復職支援など、メンタル面での支援も50人以上に行ってきました。ですので、心理カウンセリングは、資格も持ってはいますが、それ以前に「実践の中で培ってきた」という感覚が強いです。

ーー佐々木:現場での経験があるからこそ、説得力のある支援ができるというのは大きな強みですね。ちなみに、山口さんの支援における「核」になる方針やアプローチについて教えていただけますか?

山口: ホームページでも書いていますが、私の理念は「社交不安を克服して、社会の中で元気に幸せに生きていく」ことです。具体的には、カウンセリングで認知行動療法(CBT)をベースにしつつ、脳神経科学の知見を活かした心理教育を行っています。心理療法というより「認知の変容トレーニング」という位置づけですね。

ーー佐々木:なるほど、社交不安を抱える方にとって、「認知の歪み」にすら気づけないというケースは多いように思います。そこに気づいていただく支援からスタートされるわけですね。

山口: そうです。まず、「不安とは何か」「どのように脳内で生まれるのか」を理解してもらいます。そして「認知の歪み(=非機能的思考)」ではなく、「思考の癖」として捉え直してもらう。人間の行動のほとんどは無意識の認知に基づいているので、その仕組みを理解することが不安感情を作り出す認知の変容の出発点になります。

ーー佐々木:「性格は変えられない」と思い込んでいる方でも、「認知は変えられる」「脳の機能も変わる」という視点を持つだけで、行動の変容に繋がりますね。

山口: おっしゃる通りです。性格の問題ではなく、記憶や認知の“蓄積”がその人の認知や行動を形作っている。そこに働きかけポジティブな認知に変容させるというのが、私の支援の基本スタンスです。

「認知の歪み」に気づくことが、変化の第一歩

ーー佐々木:来談者の方々は、どのようなプロセスで気づきを得て、変化していくのでしょうか?

山口: まずは徹底的に「生育歴」をお聞きします。多くの方が、幼少期に辛い経験をしていて、その時に「どう生き延びるか」を一生懸命に考えた結果として、認知の癖が形成されているんですね。それが記憶として蓄積され、反復されてて思考回路として強化されていく。だからまずはその“背景”に光を当てます。

ーー佐々木:その段階をしっかり経ることで、トレーニングに入る準備が整うんですね。

山口: はい。ただ、その前にラポール(信頼関係)を築くことが不可欠です。どれだけ理屈が正しくても、信頼されていなければ伝わりません。だから、この信頼関係の構築にかかる時間が、支援の効果やスピードにも関わってきますね。

ーー佐々木:なるほど。実際、早い方だとどれくらいで変化を実感されるんですか?

山口: 早い方でだいたい3〜5回くらいですね。私は基本的に5回を1クールにしていて、経済的な事情も配慮しつつ、必要に応じてセッションを追加して継続いただくスタイルです。ただ、5回で「やり方がわかった」「もう大丈夫です」と言って卒業される方も多いですよ。

ーー佐々木:それはすごいですね。ご自身で“自走”できるようになる方もいらっしゃるのでしょうか?

山口: はい。最初に「メタ認知」の練習を徹底的にやるんです。カウンセリングの中で、過去の思考の癖が出た瞬間に私が指摘して、そのやり取りを繰り返していくと、やがて自分で気づけるようになっていく。そうなれば、自走が可能になります。

ーー佐々木:まさに“癖”への気づきですよね。私たちの支援現場でも、「これは性格ではなくて思考の癖なんですよ」とお伝えすると、保護者の方がホッとされることがよくあります。

山口: そうですね。そして、認知がネガティブな方は、総じて自己肯定感が低い傾向にあります。ここを丁寧に説明するようにしています。

ーー佐々木:「自己肯定感=自信」と捉えている方も多いですよね。

山口: 実際は違います。自己肯定感とは、「自分を否定しないこと」です。皆さんが感じる自信とは「自己効力感」のことが多いかもしれませんね。心理学的には「自己受容」(=ありのままの自分を受け入れること)とも言いますが、自分の失敗や弱さをそのまま受け入れる勇気が必要なんです。それがないと表面的な自信は持てても、揺らぎやすい。

ーー佐々木:確かに、我々の支援でもそのあたりの混同をよく目にします。「自信がない」と「自己肯定感が低い」は違う。でもごちゃごちゃになっていて、「勉強ができないと自己肯定感が下がる」と思い込んでいる親御さんも多いですね。

山口: そうですね。だから、まずは「ありのままの自分を受け入れる」という土台を整えることが大切です。それがないと、どんな支援も上滑りになってしまう。

ーー佐々木:なるほど。本当に本質的な部分ですね。ちなみに、不登校や発達障害のお子さんの親御さんが相談に来ることもあるのでしょうか?

山口: はい。特にクリニックの患者さんには、ご家族の問題を背景に持つケースがも少なくありません。メンタル不調の根本は、突き詰めると「社会性」や「人間関係」の問題に集約されることが多いんです。

ーー佐々木:まさに「構造の中で起きている問題」ということですね。その場合も、認知行動療法的なアプローチをとられるのでしょうか?

山口: 理論的な理解ができる方には、CBTの枠組みを活用します。ただ、あまり専門用語を使うと抵抗を持たれることもあるので、「不安ってこうやって作られるんですよ」と図や例えを使って説明するようにしています。

ーー佐々木:非常に丁寧なご配慮ですね。 もし可能であれば、過去の印象的な事例を教えていただけませんか? 不登校や保護者支援という文脈で、ご家庭の中でどのような“変化”が起きたのかなど。

山口: そうですね……親御さんが子どもを心配して相談に来られるケースでは、実は根本的な原因は、むしろ、親御さん側に「過去からの不安」や「比較癖」が根強くあって、それが子どもに投影されてしまっているケースがよく見受けられます。

ーー佐々木:よくわかります。我々の現場でも、「あの子は100点取ったのに」「あの子は塾に行ってるのに」と、つい他の子と比べてしまって、不安が膨らんでしまうという親御さんとお話することがあります。

山口: 我が子の成績を他の家のお子さんと比較してしまうのは、親御さん自身が悪い評価を受けたくないことの現れなのかもしれません。しかし、。子どもの能力を伸ばしたいと思うあまり、そんな自分に気がついていなかったというケースもありまた。

ーー佐々木:だからこそ、まずは親自身が「自分を許す」ことが必要なんですね。子どもへの支援を考えるうえで、最も見落とされがちな視点かもしれません。

山口: おっしゃる通りです。

不登校支援における”家族の構造”という視点

ーー佐々木:不登校や発達障害のお子さんがいるご家庭の支援では、山口さんは「家族の構造」に注目されているように感じますが、その点についてもう少し詳しく伺えますか?

山口: はい。私は「子どもを支援するなら、まず家庭を整えることが不可欠」だと考えています。たとえば、いくら子ども自身に働きかけても、帰る場所=家庭が安全でなければ変化は定着しにくい。とくにメンタル面で不調を抱えている子の場合、家庭の中での“受け皿”がないと、再び不安や無力感に包まれてしまうんです。

ーー佐々木:とても共感します。我々も家庭での信頼関係や会話の質が、学びの継続にも大きく関わっていると日々感じています。ただ、親御さんもまた不安を抱えていらっしゃるので、そこをどう支えるかが難しいところでもあります。

山口: まさにその通りです。たとえば、「なぜうちの子は学校に行けないのか」と悩む親御さんの多くは、他の子と比較してしまって自分の子供の問題点のみ考えてしまいがちで、その背景にある問題に目を向けないでいる。でも、その背景にはご親御さんの、幼少期の体験に基づく自己肯定感の低さがあるかもしれませんね。

ーー佐々木:我々もつい「学年」「偏差値」「テストの点数」で他と比べたくなってしまうんですよね。でも、我々の教材はあえて学年を取っ払った設計にしているんです。比較ではなく「今この子がどこまで理解できているか」「今日何ができたか」を見ていきましょうと。

山口: すごくいいアプローチだと思います。「比較する育て方」は、親自身が自分を受け入れられていないことの表れでもあります。そして、それが子どもに無意識のうちに伝わるんです。「もっとできなきゃ」「他の子みたいにならなきゃ」と。

ーー佐々木:そうすると、子どももまた自分を否定してしまいがちですよね。「自分はダメだ」と思い込んでしまう。

山口: その通りです。だから私は、親御さんにまず「自分の子育ての目的を言語化してみてください」と問いかけるようにしています。「なんのために子育てしているのか?」ということですね。

ーー佐々木:思わず言葉に詰まりました。それくらい、深く突き刺さる問いだと思います。

山口: でも、ここを見失っている方は本当に多いんですよ。たとえば子供を育てる意味を話し合っている文脈で「塾に行かせる理由は?」や「子育ての目的は?」と問うても、答えに詰まる方は少なくありません。

ーー佐々木:確かにそうですね。私自身も親ですが、「子育ての目的」と問われると、日常の忙しさの中で忘れてしまいがちです。でも本来、それが“軸”になるはずですよね。

山口: はい。私は「社会に出て、一人で生き抜ける人間に育てること」が子育てのゴールだと思っています。 そこから逆算して必要な力を育てていく。たとえば、自己肯定感とか、挑戦する力とか。高学歴でも、社会に出たとたんに一歩も動けなくなる人がいます。彼らは「正解を出すこと」には慣れていても、「正解のない状況で正解を作る力」を育ててこなかったんです。

ーー佐々木:なるほど。教育現場にいると、「正解を出す訓練」ばかりになってしまうことの危うさを感じます。でも社会では、正解が用意されていない中で動かなければならない。そこに適応できる力が、本来は必要なんですよね。

山口: はい。だからこそ、「勉強ができる=幸せになれる」ではないということを、家庭でも教育の現場でも共有していく必要があると考えています。

ーー佐々木:我々も「すららカップ」という大会を年に1回開催していて、参加者は全国で40万人以上います。 この大会では、テストの点ではなく「学習時間」や「努力の量」で表彰するんです。 だから、普段は上位に入れない子でも、努力すればスポットライトが当たる。

山口:それは素晴らしいですね。 「やってみたプロセスや努力を失敗しても褒める」というのは、子どもの自己肯定感を育てるうえで非常に有効です。結果ばかりに目を向けると、「やればできる」と思えなくなってしまう。逆に「失敗しても、挑戦したこと自体を認めてもらえた」という体験があれば、子どもは前向きになります。

ーー佐々木:我々も「プロセスを褒める」ことの大切さを、現場で実感しています。ただ、そのプロセスをどう設計すればよいのか悩まれる親御さんも多いように感じています。たとえば「どうすれば家庭でも小さなステップを一緒に積み重ねられるのか」といった実践的なヒントがあれば、ぜひ教えていただけませんか?

山口: それは「逆算してプロセスを分解してあげること」がポイントですね。大きな目標をいきなり与えるのではなく、「まずここをやってみよう」「今日はここまででOK」と細かく区切ってあげる。そして、そのひとつひとつをクリアしたときに、しっかり褒める。

このサイクルを積み重ねていくと、子ども自身が「目標までの設計図」を描けるようになっていきます。

ーー佐々木:まさに「一緒にゴールまでの地図をつくる」ような感覚ですね。それが自立にもつながっていく。

山口: そうですね。そうした関わりの中で「自分はやればできる」という感覚が育つ。それが“生き抜く力”の土台になるんだと思います。

子どもを信じるまなざし——“比較”から“受容”へ

ーー佐々木:家庭の構造が整っていれば、不登校も吸収できる可能性があるというお話、非常に印象的でした。

我が家も共働きで、子どもを祖父母に預けることが多いのですが、もしそこに「安心できる大人」がいなければ、子どもにとっては居場所を失うことになってしまったかもしれないと、改めて考えさせられました。

山口:ありがとうございます。実際にお話を伺っていると、不登校や心の不調を抱えるお子さんの背景には、ご家庭の中で“安心できる関係”を築くことが難しかったというケースが見られることがあります。

もちろん、保護者の方々も懸命に向き合っておられますし、誰もがそうなるわけではありませんが、現代の社会構造や育児環境の変化によって、家族の中で十分な「安心の土台」を築くことが難しくなっている印象はあります。

ーー佐々木:たしかに、親自身も不安を抱えながら子育てしているという状況は、すごく多いですよね。

山口:はい。たとえば、「どう育てていけばいいのか分からない」と不安を抱える方も多くいらっしゃいますし、 自分の育ちや価値観と向き合う時間がないまま、目の前の子育てに追われてしまう状況もあります。本来、子どもは「どんな自分でも受け入れてもらえる」と感じられることによって、安心感や信頼を育み、心を落ち着けていけるんですね。

でもそのためには、親御さんがまず「自分自身をどう受け止めているか」という視点も大切になってくるんです。

ーー佐々木: 非常に本質的なお話ですね。「子どもに原因があるのではなく、家庭という環境の中でどう安心感を持てるか」という視点は、我々の支援現場でもよく耳にする課題です。たとえば、同じようにいじめを経験しても、家庭で受け止めてもらえれば前を向ける子もいますし、そうでない場合は気力が途切れてしまうこともある。

山口: おっしゃるとおりです。家庭が「安心して帰れる場所」として機能していれば、学校で嫌なことがあった日でも、気持ちを立て直せることは少なくありません。ですから私は、「家族というチームの土台をどう整えていくか」が、不登校支援における大きな鍵になると感じています。

ーー佐々木:我々も、出席扱い制度や家庭学習の支援を行う中で、「家庭にどれだけ安心できる大人がいるか」という点が、子どもの継続的な学びにもつながると強く感じています。

とはいえ、保護者の方々自身も日々とても頑張っておられて、でもその分、追い詰められている方も多い印象があります。焦りや不安があるからこそ、つい他の子と比べてしまったり、「このままでいいのか」と悩んでしまうこともあるのだろうと思います。

山口:本当にそうですね。私がよくお伝えしているのは、「他人と比較する思考の癖は、世代で受け継がれ、無意識に培ったもの」ということです。自分が育ってきた中で、知らず知らずのうちに「比べられる」体験が多かった場合、それが子育ての中にも反映されてしまうことがあります。ただ、それは誰が悪いという話ではなくて、社会や家庭のあり方の中で自然と身についたものなんです。だからこそ、まず「今この子にとって必要なのは何か?」という視点に立ち返ることが大切だと思うのです。

ーー佐々木:弊社の教材すららは、あえて「学年」を意識しないような作りになっていて、今の子どもの理解度に合わせて学べる仕組みにしています。「今この子ができていること」を見つめることの大切さを、保護者の方にもお伝えしているのですが、 やはり「他の子と比べてしまう」という気持ちが湧いてしまうのは、すごく自然なことでもありますよね。

山口: そうなんです。 比較してしまうこと自体を否定する必要はありません。むしろ、「なぜそう思ってしまうのか」と自分の内面を振り返ってみることが、 子どもを“ありのまま”に受け止める第一歩になります。 保護者の方が自分自身の価値観や不安と向き合って、「今の自分でいいんだ」と少しずつ思えるようになると、 不思議と「今の子どものダメな面」も受け入れやすくなっていくんですよね。

ーー佐々木: わかります。 私自身も親として、「どうしてこんなに点数にこだわってるんだろう」と我に返る瞬間があります。 つい「100点取らせたい」「学校に行かせたい」といった表面的な目標に引っ張られてしまって、 「子育てって何のためにやってるんだっけ?」という根本を忘れてしまいがちです。

山口: まさにそこが出発点になります。私はよく、親御さんに「なんのために子育てをしているのか?」と問いかけるようにしています。もちろん、すぐに答えが出るものではありません。でも、その問いに向き合おうとする姿勢そのものが、お子さんとの関係に良い影響を与えるはずです。本来、子育てのゴールは「社会に出て、自分らしく生きていける子に育てること」。そこから逆算して、今必要なことを考えていくと、自然と“目の前の子共のあるがままの姿”に意識が向くようになると思うんです。

ーー佐々木:「生き抜く力を育てる」——とても力強い言葉ですね。私たちも、そこを支える存在でありたいと思います。

子どもを支えるための“家族でできる実践”

ーー佐々木:「生き抜く力」というお話、非常に重みがあります。 我々も「勉強させること」が目的化してしまうリスクを感じていて、支援の現場では「今の子を見つめる」ことを大事にしています。ですが、親御さんからすると、「どうサポートしたらいいのか分からない」という不安もあると思うんです。家庭の中で、すぐにでもできる実践方法があれば、ぜひ教えていただけますか?

山口: はい。まず、最も効果的で、かつ取り組みやすいのは「傾聴」ですね。これは、子どもの話を評価せずに、しっかり“聞く”ということ。でも、多くの親御さんは「聞いているつもりで話してしまっている」んです。あるいは、話を聞いてすぐにアドバイスしてしまう。

ーー佐々木:お話を伺って、耳が痛いというより、身につまされる思いです。聞いているつもりで、自分が話してしまっている。まさに、支援の現場でも家庭でも、無意識にそうしていることが多いと感じます。子どもの言葉に、ただじっと耳を傾けるということが、実は一番難しいスキルなのかもしれませんね。

山口: 「なぜそんなことをしたの?」と行動を責める前に、「どんな気持ちだったの?」と聞いてあげる。 たとえば、子どもが悪いことをしてしまったときも、たいていは「やっちゃいけない」と分かってる場合も多い。それでもやってしまった背景に、どんな感情があったのかを聞いてあげることで、子どもは「受け止めてもらえた」と感じるんです。

ーー佐々木:我々の保護者支援「ほめビリティ・ペアレンティング」でも、まさにその“チューニングのズレ”を整えることがテーマです。「今日は学校行かないの?」という何気ない一言が、子どもには大きなプレッシャーになることもあるんですよね。

山口: その通りですね。言葉の裏にある“期待”や“焦り”は、子どもに敏感に伝わってしまう。だからこそ、まずは「共感」が大事。「その気持ち、わかるよ」と言ってあげること。そして、次のステップとして「プロセス設計」があります。

ーー佐々木:なるほど。単に励ますのではなく、「どう行動を進めていくか」を一緒に描いていくということですね。たとえば、目標を細かく分けたり、ステップに落とし込んでいくような支援でしょうか?

山口: はい。たとえば「勉強しなさい」ではなく、「まず1ページやってみようか」と小さく区切る。目標を“分割”して、“見える化”して、“できたら褒める”。これを繰り返すことで、子どもは「やればできるかもしれない」と思えるようになるんです。

ーー佐々木:「やればできる」が実感できれば、子どもは少しずつ前に進めるようになりますよね。我々も「すららカップ」という大会を開催していますが、そこでも「どれだけ学習したか」という“プロセスの努力”を評価しているんです。

山口:それは素晴らしい取り組みですね。結果ではなく、努力を評価する社会の価値観が広がれば、自己肯定感も育ちやすくなります。そして最終的には、子どもが自分でプロセスを設計し、失敗から学び、成功体験を積み重ねるようになる。それが自立に向かう第一歩だと思います。

「生き抜く力」を育てる子育てとは

ーー佐々木:では最後に、不登校や発達障害のお子さんを支える保護者の方々に向けて、あらためてメッセージをいただけますか?

山口: はい。最初にもお話しましたが、「なぜ子育てをしているのか?」という問いに、しっかり向き合ってみてください。そして、子どもにとって「自分はこの人に受け入れられている」という実感を持たせてあげてほしい。それが「愛着形成」であり、「自己肯定感」の源です。

ーー佐々木: 本当にそうですね。「この人は自分のことを信じてくれている」と思える存在がいることが、子どもにとって何よりの“安全基地”になりますよね。

山口: はい。そしてもう一つ大切なのが、「比較ではなく成長を見る」こと。他人と比べるのではなく、「昨日の自分より少し進めたか?」に注目してあげてほしい。そうすることで、子どもは「自分を好きになれる」ようになると思うんです。

ーー佐々木:私たちも、まさに同じ姿勢で支援に取り組んでいます。保護者の方には、「どんなに小さな歩みでも、それを一緒に喜んであげてください」とお伝えしています。たとえ目に見えない変化であっても、前に進もうとする意志があれば、それは立派な一歩だと思うんです。

山口: その積み重ねが、最終的には“生き抜く力”になります。今の子どもたちは、かつてないほど多様で不確実な社会を生きていかなければいけません。だからこそ、自分の特性を理解し、認め、自分なりの方法で歩んでいける力を育ててほしい。その支援ができるのは、何よりも“親御さんと家庭”なんだと思います。

 

ーー佐々木:本当に胸に響くメッセージです。我々もこれからの支援活動の中で、改めて「家庭の力」に光を当てていきたいと思います。

山口: ありがとうございます。私自身も、現場で感じていることをこうして言葉にできてよかったです。

ーー佐々木: 本日は貴重なお話を、本当にありがとうございました。

山口: こちらこそ、ありがとうございました。

【編集後記】

「子どもを支える前に、親自身が支えられていなければいけない」——今回のインタビューで、何度も胸に刺さった言葉です。 私自身、教育に携わる立場であると同時に、子を持つ親でもあります。「今、この子にとって必要なことは何か?」と考える一方で、「ちゃんとさせなきゃ」と肩に力が入ってしまう瞬間も少なくありません。
山口さんのお話は、そうした“焦り”に寄り添いながらも、本質に立ち返らせてくれるものでした。 家庭が安心できる居場所であること。子どもが「そのままの自分でいていい」と感じられること。何より、親自身が自分を受け入れられること——それらの積み重ねが、子どもにとっての回復の道になるのだと思います。
子育ては、うまくやることでも、急がせることでもない。信じて、待って、応援し続けること。 このインタビューが、そんなまなざしを少しでも広げるきっかけになれば幸いです。

執筆者
佐々木章太 (ささきしょうた)
株式会社すららネット 子どもの発達支援室 室長/あした研究室 編集長
ICTを活用した家庭学習支援の専門家として、不登校・発達障害・学びづらさを抱える子どもと保護者に寄り添った支援メソッドを構築してきた。2015年より「出席扱い制度」の普及に取り組み、文部科学省への提言、自治体との連携、申請書支援などを通じて、延べ2,000名以上の出席認定支援に携わる。現在は、教材開発、保護者支援、コーチ制度の設計などを担い、学習の継続と自己肯定感の回復を両立する家庭学習の仕組みづくりを推進。教育現場や家庭の声をもとにした発信にも注力し、「あした研究室」編集長として不登校支援に関する実践的な情報を届けている。デジタルと人の力をかけ合わせた、“子どもが前を向く学びの場”の創出をライフワークとしている。