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不登校の支援は家庭と医療の連携から──親にできることとは?

不登校の支援は家庭と医療の連携から──親にできることとは?

不登校の子どもに、親はどのように寄り添えばよいのか。

どのタイミングで医療機関を頼ればいいのか。その判断に迷う保護者は少なくありません。

今回は、全国に21拠点を展開する「ゆうメンタルクリニック」の創設者であり、現在も渋谷院で診療を行う安田雄一郎医師に、不登校と向き合う上での医療機関の役割や、家庭でできる関わり方について伺いました。不登校支援における具体的な心理療法や事例も交え、医療者ならではの視点から語っていただきます。

プロフィール

医師/精神保健指定医
ゆうメンタルクリニック院長/安田雄一郎さん

東京大学医学部卒。大学附属病院で研修後、2008年に「つらいとき、すぐに。」を理念にゆうメンタルクリニックを開院。25年4月には東海初となる名古屋院を開院し、全国21拠点を展開する総院長として、薬に頼らないカウンセリング重視の診療体制を構築。精神保健指定医として、軽症から対応しやすい駅近クリニックの普及に尽力している。

ゆうメンタルクリニック:https://yuik.net/
ゆうスキンクリニック:https://yubt.net/

ゆうメンタルクリニックの診療体制と不登校対応

ーー佐々木:まず、安田先生のご経歴と、現在の診療内容について教えていただけますか?

安田:東京大学を卒業後、東京大学附属病院精神科で研修を行い、2008年に「ゆうメンタルクリニック」を開院しました。25年4月には東海初となる名古屋院を開院し、全国21拠点にてできるかぎり多くの方に「当日」「すぐ」の治療を提供できるよう尽力しております。当院では、うつ病や不安障害など幅広い精神疾患に対応していますが、近年は特に10代の不登校や発達障害に関するご相談が増えています。

ーー佐々木:全国に展開されているという点でも、多くの方の心のよりどころになっていると感じます。不登校への支援について、クリニックとしての特徴はありますか?

安田:未成年の患者さんに対しては、薬剤だけでなく心理療法を重視しています。特に不登校のケースでは、表面的な症状だけでなく、その背景にあるストレスや家庭環境、人間関係の影響も大きい。ですから、長期的な視点での改善を目指して、心理士による面談を通じて丁寧にサポートすることを心がけています。

ーー佐々木:薬物療法ではなく心理療法を中心に扱ってもらえるというのは、保護者の方にとっても非常に安心できる体制ですね。

不登校が増える背景にあるものとは

ーー佐々木:近年、不登校の子どもが急増していますが、医療者としてどのような背景を感じていらっしゃいますか?

安田:スマートフォンやインターネット、SNSの発展により、リアルな人間関係を築かずとも“孤独を感じない環境”ができてしまったことが、大きな要因だと考えています。例えば、SNS上では誰かと繋がっていられるため、学校に行かなくても「自分は孤立していない」と思えてしまう。その結果、現実の人間関係の摩擦やストレスから逃避しやすくなり、不登校に至るケースが増えているのではないでしょうか。

ーー佐々木:確かに、以前と比べて「人と関わらない環境」でも生活が成り立ってしまう時代ですよね。

安田:はい。SNSが悪いというわけではありませんが、「つながっているけれど、対話がない」「反応はあるけど、感情の共有がない」といった新しい孤立の形があるのも事実です。子どもたちにとっては、リアルな場面での失敗や葛藤を経験する機会が減ってしまっているように感じます。

ーー佐々木:それが現実との接点を減らし、結果として学校への足が遠のく……。そうした状況下では、医療機関の果たす役割も変化してきているのではないでしょうか。

安田:まさにそうですね。これまで以上に、学校・家庭・医療の連携が必要だと実感しています。

医療機関の役割と支援アプローチ

ーー佐々木:医療機関として、不登校のお子さんを支援する際に大切にしていることはどのような点でしょうか?

安田:やはり「リアルな人間関係」の再構築ですね。人とのつながりは、回復の鍵になります。特に家族との関係性をどう築くかは非常に重要です。そのため、当院ではコミュニケーションスキルの学習を勧めたり、家族との会話の時間を意識的に増やすようアドバイスしたりしています。

ーー佐々木:コミュニケーションの取り方を学ぶ、というのは学校ではあまり教わらないことですよね。家庭や医療現場で補っていく必要があると。

安田:そう思います。例えば、子どもが感情を表に出せない背景には、家庭内で「話しても伝わらない」「怒られるから我慢しよう」といった経験があることもあります。そこで大切なのは、「話してもいいんだ」という安心感を少しずつ積み重ねていくこと。そのプロセスに、私たち医療者が伴走できればと考えています。

ーー佐々木:医療が子どもの外側だけでなく、内面や関係性にも介入していくのはとても意義深いですね。

安田:ええ、医療といっても「薬を出す」だけではなく、その子の「物語」に耳を傾けることが必要だと感じています。

実際の症例から学ぶ家族支援のヒント

ーー佐々木:診療を通して印象に残っているエピソードや、保護者への対応で工夫されたことなどがあれば教えてください。

安田:印象的だったのは、スマホ依存傾向が強くなり不登校になってしまったお子さんと、付き添って来られたお母様のケースです。お母様は「自分の育て方が悪かったのでは」と自責の念に駆られて、非常に苦しんでおられました。

ーー佐々木:お母様としては、原因が自分にあると考えてしまいがちですよね。
安田:そうなんです。でも、私は最初に必ず「親がすべて悪いわけではありません」とお伝えします。なぜなら、子どもが抱える問題は決して一因では説明できないからです。まずは親御さん自身が自分を責めすぎず、冷静に状況を捉えること。それが支援の出発点になります。

ーー佐々木:そのお母様には、どのような対応をされたのでしょうか?

安田:まずは「スマホをやめさせる」のではなく、なぜ手放せないのかを丁寧に聴き取りました。その結果、学校に行けなかったことによる劣等感や、孤独感を埋める手段としてスマホを使っていたことが見えてきたんです。だからこそ、スマホそのものを敵視せず、別の安心できる時間や居場所を一緒に考えるという方向で支援を進めました。

ーー佐々木:単に「やめなさい」と言うだけでは、子どもとの関係も悪化しかねませんものね。
安田:ええ。子どもの行動には、必ず意味があります。それを否定せず、意味を読み解こうとする姿勢が必要だと思います。

家庭でできるコミュニケーション改善の工夫

ーー佐々木:家庭内でできるコミュニケーションの工夫について、アドバイスをいただけますか?

安田:はい。私がよくお伝えしているのは、「一緒にお茶を飲む」「一緒にスイーツを食べる」といった、“飲食をともにする時間”を大切にしてほしいということです。これは特別なことをする必要はなくて、たとえばコンビニスイーツでもいいんです。飲食には気持ちを緩める効果があり、自然と会話が生まれやすくなります。

ーー佐々木:「話そう」と構えなくても、会話のきっかけになりますね。

安田:そうなんです。構えると逆にうまくいきません。ですから、共通の時間を気負わず作ることがとても大切だと思います。親御さんが「何か言わなきゃ」と頑張るよりも、「今日はチョコレート一緒に食べよっか」と声をかけるくらいが、ちょうどいいんです。

ーー佐々木:特に不登校のお子さんは、言葉にしにくい葛藤を抱えていることも多いと思います。だからこそ、非言語のコミュニケーションも大事ですよね。

安田:おっしゃる通りです。沈黙の中にある感情に寄り添うには、焦らず、ただ“そばにいる”という姿勢が何よりの支援になることもあります。

保護者へのメッセージと心のセルフケア

ーー佐々木:最後に、保護者や教育関係者の方々に向けて、伝えておきたいメッセージがあればお願いします。

安田:「フュージョン」という心理学の概念があります。日本語に訳すと「融合」ですが、これは“思考と現実を混同してしまう状態”のことです。

ーー佐々木:詳しく伺ってもよろしいですか?

安田:たとえば小さな子どもが「おもちゃがない」と泣き叫ぶとき、それは「おもちゃがない」という現実と、その思考が頭の中でフュージョンしてしまっている状態です。その瞬間、子どもの脳の中はそれでいっぱいになってしまって、他の視点を持てなくなるんですね。

ーー佐々木:なるほど……。大人でも、同じような状態になることはありますよね。

安田:そうなんです。誰しも、ある出来事や不安な考えに頭が占拠されて、「もうダメだ」と感じてしまうことがあります。これも“フュージョン”の一種です。だからこそ、大人も自分の思考を一度立ち止まって見つめ直すことが必要です。

ーー佐々木:では、どうすればその状態から抜け出せるのでしょうか?

安田:気づくことが大切です。「あ、今フュージョンしてるな」と自覚すること。そのうえで、深呼吸を意識してみてください。「スーッ」と吸って、「ハーッ」と吐く。その感覚に意識を向けるだけで、脳は“今ここ”に戻ってくることができます。

ーー佐々木:不登校の子どもに向き合う上でも、まず親が落ち着いていることが大切ですね。
安田:はい。子どもの回復には、安心できる環境が不可欠です。そのためには、まず大人自身が“どっしりと構える”こと。その姿勢が、子どもにとって何よりの支えになると思います。

ーー佐々木:今日は非常に示唆に富むお話をありがとうございました。

安田:こちらこそ、ありがとうございました。保護者の方がご自身を責めすぎず、少しでも気持ちが軽くなるきっかけになれば嬉しく思います。

【編集後記】

今回のインタビューを通じて、不登校の背景には社会的変化とともに、家庭内の繊細なコミュニケーションの問題が重なっていることをあらためて実感しました。「会話」ではなく「空間を共にする時間」が、支援の起点になる。安田医師の言葉は、親としての“構え方”を見直すきっかけになるのではないでしょうか。焦らず、少しずつ、一緒に。

執筆者
佐々木章太 (ささきしょうた)
株式会社すららネット 子どもの発達支援室 室長/あした研究室 編集長
ICTを活用した家庭学習支援の専門家として、不登校・発達障害・学びづらさを抱える子どもと保護者に寄り添った支援メソッドを構築してきた。2015年より「出席扱い制度」の普及に取り組み、文部科学省への提言、自治体との連携、申請書支援などを通じて、延べ2,000名以上の出席認定支援に携わる。現在は、教材開発、保護者支援、コーチ制度の設計などを担い、学習の継続と自己肯定感の回復を両立する家庭学習の仕組みづくりを推進。教育現場や家庭の声をもとにした発信にも注力し、「あした研究室」編集長として不登校支援に関する実践的な情報を届けている。デジタルと人の力をかけ合わせた、“子どもが前を向く学びの場”の創出をライフワークとしている。