2022年度から高等学校で「総合的な探究の時間」が始まりました。似た授業として以前から「総合的な学習の時間」はありましたが、高等学校のみ名称が新たに変更されています。新設された科目ということで、どのように授業を進めていけばよいのか悩んでいる方もいると思います。そこでこの記事では、総合的な探究の時間について目的やメリットを解説していきます。
2022年度から高等学校で実施されている「総合的な探究の時間」とは
まず、総合的な探究の時間とは何か、以前からあった総合的な学習の時間との違いも踏まえながら解説します。
「総合的な探究の時間」とは教科や科目の枠を越えた学びの時間のこと
総合的な探究の時間とは、生徒一人ひとりが自分で探究する課題を設定し、実際に調べながら学習することです。国語や数学など各教科とは別に時間が設けられました。以前からあった総合的な学習の時間と近いですが、学習指導要領の改定も踏まえてリニューアルされています。目的は、各教科の知識に捉われない、社会生活を送るために役立つ資質や能力を養うことです。また、課題と自分との関係を通して、キャリア形成など自分自身について考えるきっかけにつながることも目指しています。
なぜ「総合的な探究の時間」が求められるようになったか
高等学校の生徒は、大人として社会に出るのが近い年齢です。高校生が活躍する将来の社会は、世界的に進む急速なIT技術の革新や日本独自の少子高齢化問題などがあり、予測が難しい時代となっています。その時代を生きるためには一人ひとりが考えて行動し、課題に直面したら解決していかなければなりません。過去のロールモデルはあまり通用しないでしょう。そのため、総合的な探究の時間を通して、社会を生きるための資質や能力を身につける必要があると考えられました。また、自分で考えて答えを出す経験が将来のキャリア形成を考えるきっかけにもつなげてほしいと考えられています。
「総合的な学習の時間」との主な違い
総合的な学習の時間は、特定のテーマにおける課題解決について考える時間と同じような目標を担っていました。それに対し総合的な探求の時間は、より自分事として主体的に学習に取り組むことが求められています。特に課題解決だけでなく、課題を発見するところからの過程が重要視されているといえるでしょう。なぜなら、先ほどの背景ともからみますが、予測不能な社会においては生き方や抱える課題も多様化すると考えられるからです。自分なりの課題を見つけ、解決することが求められます。
「総合的な探究の時間」の目的と目標をそれぞれ解説
では、総合的な探究の時間の目的と目標について、学習指導要領を交えながら解説していきましょう。
目的や狙いを解説
目的は、社会を生きていくために必要な資質・能力を育成していくことです。自分が何に関心があるのか、社会とどう関わっていくかなど、自己キャリアも考えながら取り組むことを狙いとしています。特定の教科だけの知識では解決が難しいので、各教科の枠を越えて横断的に知識や情報を活用していくことが求められます。
目標を解説
具体的な目標は3つあります。1つ目は、自分なりに探究する課題を見つけ、それを解決するための能力を身に付けることです。実際の社会で生きていく時にも役立つ力の育成を目標としています。2つ目は、情報を集めて整理し、結果をまとめていく情報活用能力の向上です。総合的な探究の時間では、テーマを探究するにあたってたくさんの情報を集めたり、何が課題解決に役立つのか分析してまとめたりする活動が求められます。3つ目は、より良い社会を実現しようとする態度の育成です。総合的な探究の時間では、他の生徒とのグループワークや実地調査など他者や社会と接する機会も生まれます。そこで実際に関わりながら、社会の中で生きる人としてふさわしい態度を培うことを目標としています。
「総合的な探究の時間」を実施するメリット・デメリット
総合的な探究の時間を実施するにあたって、期待されるメリットは大きいです。ただし、デメリットもあります。それぞれについて解説します。
「総合的な探究の時間」のメリット
メリットは、まず課題発見や探究を通して、自分で考えて行動する力を養えることです。課題に対してどのように向き合い、解決していけばよいか、その姿勢を経験して学べます。また、高等学校段階では間近に迫った将来設計を考えるきっかけにもつながります。課題を解決する過程で、情報を調べてまとめる情報活用能力を身に付けられることも利点です。情報を調べる過程で、他の教科の知識を活用するなど各教科とのつながりも生まれます。課題を解決するには、自分だけではなく他の生徒・教師・校外の人間など多くの人との協力が必要です。そのため、コミュニケーション能力の向上にもつながります。最後に、自己肯定感の向上です。自分なりに課題を考え、調べて解決したという経験は大きな自信になります。
「総合的な探究の時間」のデメリット
デメリットとしては、まず学習に取り組むための時間の確保が難しいということです。カリキュラムとして時間が設けられてはいます。しかし、決まった答えや進め方というものがなく、場合によっては校外に出て調査やインタビューをする必要があるため、手間や時間がかかることが予想されます。地域との調整や連絡など、教師に負担がかかる可能性も大いにあります。また、総合的な探究の時間は各教科ではないので、大学入試に直結しません。直近の大学進学率が5割を超える中、それが学習意欲の低下につながる高校生も出てくると考えられます。ただし、最近では推薦入試やAO入試など、教科以外で評価する大学も多いです。本来の趣旨とは違いますが、その場合には総合的な探究の時間による成果も活用できるでしょう。
大学入試改革と「総合的な探究の時間」の関係性
「総合的な探究の時間」は、大学入試改革と密接に関係しています。知識の量だけでなく、思考力や判断力、表現力といった資質・能力を多角的に評価する大学側の意図と、「総合的な探究の時間」が目指す学びの方向性が合致しているからです(※1)。
大学入学共通テストの導入と評価の観点の変化
大学入学共通テストが導入されたことで、従来のセンター試験と比較して、知識の暗記だけでなく、思考力や判断力、表現力を問う問題が増加しました。具体的には、与えられた情報を読み解き論理的に考察し、自分の考えをまとめるより深い理解と応用力が求められるようになっています。これは「総合的な探究の時間」で培われる、自ら問いを立て情報を収集・分析し、解決策を導き出すプロセスと深く関連しています。生徒が探究活動を通じて得た学びは、共通テストで求められる資質・能力を養う上で有効といえるでしょう。
学校推薦型選抜・総合型選抜における探究課題の活用
学校推薦型選抜や総合型選抜では、学力試験だけでなく、生徒の個性や多様な能力を評価する傾向が強まっています。特に「総合的な探究の時間」で取り組んだ探究課題は、これらの入試で高く評価されるポイントです。例えば、生徒が自ら設定したテーマで探究活動を行い、その成果をまとめたポートフォリオや発表資料は、生徒の主体性、探究心、問題解決能力を示すアピール材料です。実際に、多くの大学がアドミッション・ポリシーにおいて、探究活動の経験を重視する姿勢を打ち出しています。
アドミッション・ポリシーとの接続性を強化する探究プロセス
大学のアドミッション・ポリシーとは、各大学がどのような学生に入学してほしいかを明文化したものです。多くの大学が、単なる学力だけでなく、主体性、多様な人々と協働する力、探究心といったこれからの社会で必要とされる資質・能力を求めています。「総合的な探究の時間」のプロセスは、まさにこれらの資質・能力を育むことを目的としています。生徒は、自らの興味関心にもとづいて課題を設定し、他者と協力しながら解決策を探求する中で、大学が求める人物像に近づくことが可能です。「総合的な探究の時間」は、生徒が将来の大学進学、さらには社会で活躍するための土台を築く上で、重要な役割を担っています。
「総合的な探究の時間」の進め方を学習指導要領を参考に5つ に分けて解説
では、実際に総合的な探究の時間をどのように進めていけばよいのでしょうか。学習指導要領の内容を踏まえて紹介します。
①:課題の設定
まずは、探究する課題の設定です。課題は生徒が自分自身で考えることが求められます。課題設定次第でその後のプロセスの深め方が変わるので、大事な部分です。とはいえ、急に課題を設定するように伝えても、どうすればよいか分からない生徒がいるかもしれません。その場合は必要に応じて教師が課題設定の手助けをします。
②:情報の収集
続いて、課題解決のための情報収集です。インターネット検索・書籍・実地調査・見学など、情報収集の手段はたくさんあります。生徒はその中でどのように進めるのがよいのか判断をして、必要な情報を集めます。
③:整理・分析
情報を集めたら、分野やカテゴリーごとに整理し、分析します。どのように情報を整理するのか、どのように分析したらよいかなど、その過程も生徒自身が決めて行うものです。情報をそのままつなぎあわせるのではなく、自分なりに考えて整理する力が求められます。
④:まとめ・発表
総合的な探究の時間には、レポートを作成したり他の生徒の前で発表したりするまとめのプロセスがあります。自分なりに成果をまとめることで、自信や次の探究活動への意欲につながります。改善点が見つかることもあるかもしれません。
⑤:振り返りと次の課題設定
振り返りは、生徒が学びの意味を自覚し、次の探究へとつなげるために不可欠です。学習活動やその成果を客観的に見つめ直すことで、生徒は自分の成長や課題を明確に把握できます。学んだことを文章で記述したり、ポートフォリオに記録したりする言語化の活動が有効でしょう。これにより、生徒は自らの成長を認識し、次の具体的な課題設定と主体的な学びの深化につなげられます(※2)。
教師の役割は主にファシリテーターに徹すること
教師の役割は学習を先導するのではなく、生徒の考えを尊重して学習が進むよう手助けしていくことです。総合的な探究の時間は、あくまでも生徒が自主的に進める活動です。必要に応じて生徒の考えを引き出したり、体験活動を取り入れたりするなど、学習がスムーズに進むように動きます。しかしその場合でも、総合的な探究の時間では答えは教師ではなく生徒自身が持っていることを頭に入れておかなければいけません。役割達成のために重要な指針です。
「総合的な探究の時間」に対する生徒への評価の仕方
総合的な探究の時間は、各教科と違いテストの点数や実技課題で評価することはできません。ですが、教育活動である以上、評価は必要になります。では、生徒への評価はどのように行うのでしょうか。
評価方法は3つの指針をもとにすること
学習指導要領では、生徒への評価方法として3つの指針が示されています。1つ目は、学校で共通した信頼できる評価基準を設定することです。評価に対する説明ができないようでは、信頼できる評価とはいえません。また、教師によって評価基準が違っていては、生徒のモチベーション低下や混乱につながってしまいます。学校全体で評価方法を考え、共通理解を図ることが重要です。2つ目は、さまざまな角度から評価を行うことです。総合的な探究の時間では、テストの点数などはっきりした基準が用意できません。むしろ教科を横断した内容を取り扱うこともあり、テストのような一方向からの評価方法は不適当です。行動力やコミュニケーション能力など、さまざまな角度からの評価が求められます。3つ目は、学習過程を評価する方法であることです。総合的な探究の時間では、課題の発見から解決までの一連の流れを重視しています。まとめの発表やレポートだけでなく、課題発見や情報収集など、プロセスごとの評価を行うことが必要です。
生徒の評価記入に対するアンケート結果
先行して探究活動を行っていた学校への評価記入に対するアンケート結果では、活動への所見を文章のみで記載する傾向にあることが分かっています。アンケート項目の「活動状況・所見を記載するが、評価は行わない」が最多で63.5%でした。「学期ごとに点数、あるいはランク等で評価している」(16.2%)を大きく引き離しています。高校の探究学習「総合的な探究の時間」における生徒への評価方法 – 一般社団法人 英語4技能・探究学習推進協会 (ESIBLA)より引用
「総合的な探究の時間」の導入事例
生徒の主体性や協働力を育む全国の多様な実践には、指導のヒントが豊富です。「総合的な探究の時間」の導入事例の取り組みから、要点を見ていきましょう。
主体的な学びと探究活動を支援した事例
山形県の惺山(せいざん)高等学校では、「好きを学びに」をテーマに掲げ、「総合的な探究の時間」で生徒の主体性を育んでいます。生徒は自己分析から興味を発見し、社会課題と結びつけて探究テーマを設定します。個別最適化された学びを支援する、すららのオンライン教材「Surala My Story」を活用することで、対話や調査活動、スライド作成を通じて思考力や発信力を効果的に養うことが可能です。すららの教材は、生徒の深い自己理解と表現力の深化を促し、探究活動を強力に後押ししました。その結果、生徒たちは自分の将来や社会への洞察力を高め、課題発見・解決能力を培い、社会で活躍するための確かな土台を築いています(※3)。
生徒の協働的な問題解決力を育成している事例
東海大学付属相模高等学校・中等部では、「総合的な探究の時間」において、生徒の協働的な問題解決力を育成しています。同校では、すららの「すららSatellyzer(サテライザー)」を活用した探究授業を実施しました。この取り組みにより、生徒たちは単に知識を習得するだけでなく、与えられた課題に対して自ら深く考え、仲間と対話しながら解決策を導き出すプロセスを体験します。これにより、生徒一人ひとりの思考力、判断力、表現力、そして協働性が向上しました。生徒たちは、答えのない現代社会の課題に対し、主体的に向き合い、多様な視点から解決策を探る力を着実に身に付けています(※4)。
主体的に学びを深める総合的な探究の時間の実践事例
京都府立清明高等学校では、「総合的な探究の時間」において、生徒が主体的に学びを深める「フレックス・スタディ(フレスタ)」を導入しています。これは、ビブリオバトルやゼミ学習、探究学習、自由進度学習で構成される自学自習スタイルで、生徒は個々のペースで学び直せるのが特徴です。すららのタブレット教材を導入したことで、生徒は「分かった」「できた」という成功体験を積み重ね、学習への抵抗感を減らし、自ら学習ツールを開く習慣が身に付きました。これにより、教員が個別問題を作成する負担も軽減され、生徒の学習意欲と自律的な学びが促進されています(※5)。
「総合的な探究の時間」におけるこれからの課題
これからの課題として、学習環境の整備が挙げられます。生徒を取り巻く教師や外部人材、機材などの設備面など、学習環境の要素は多々あります。
① 教師の授業力の向上
まずは、一番身近な教師です。課題として教師一人ひとりの授業力の向上が挙げられます。総合的な探究の時間は生徒主導の学習となるため、通常の各教科と進め方が異なる分、難しいと感じる教師が多いでしょう。2022年から実際に授業を行い、経験や実践が集まることで教師の力量も上がるかもしれません。
②教員の業務負担と評価の複雑化
「総合的な探究の時間」の導入は、教員の業務負担を増大させ、評価を複雑化させる傾向があります。生徒一人ひとりの探究テーマや進捗が異なるため、個別指導に多くの時間を要し、適切な評価基準の設定も大きな課題です。特に経験の浅い教員にとっては、その負担はより重くなるでしょう。文部科学省の「令和4年度教員勤務実態調査」でも、教員の長時間労働が指摘されており、この問題への対策が喫緊の課題です。
③地域や外部機関との連携
次に、地域や外部機関との連携です。生徒を取り巻く実社会がテーマになる以上、外部と協力して授業を行ったほうがより学習効果が期待できます。学校としてどのように連携するか考える必要があるでしょう。
④学習設備の整備
学習に必要な設備面の充実です。図書館やインターネット環境だけでなく、パソコン・カメラ・プロジェクターなど、必要な設備は多岐にわたります。準備時間や予算には限りがあるので、何が優先して必要なのか決めることが大切です。
⑤学習評価方法の確立
「総合的な探究の時間」において、学習評価方法の確立は重要な課題です。探究学習は長期にわたる活動のため、最終的な成果だけでなく、その過程を適切に評価する必要があります。具体的には、学習活動前、活動中、活動終了後の各段階で評価することが求められます。この多段階評価により、生徒が探究を通じてどのように成長したかを詳細に観察することが可能です。指導要領では、指導要録への数値だけではない具体的な所見が求められており、これは教員が生徒一人ひとりの成長を捉える上で重要です。教員が的確に評価し、生徒が自身の学びを振り返ることで、成長の実感と次の学習への意欲につながるでしょう。
⑥生徒のモチベーション維持
「総合的な探究の時間」では、生徒自身が主体的に問いを掲げて、自発的に取り組む姿勢が成功へのポイントです。一方で、「何を調べればよいか分からない」「探究活動に意義を見い出せない」と感じる生徒もいます。教員が過度に介入すると生徒の主体性を損ない、放置すれば学びの質が低下するというジレンマが生じかねません。生徒の関心には個人差が大きく、クラス全体の探究活動の質を一定に保つことは容易ではありません。いかに生徒の学習意欲を持続させ、探究活動への深い関与を促すかが、今後の大きな課題となるでしょう。
⑦時間的制約とリソース格差
文部科学省が提唱する「問いの設定」から「まとめ・発表」に至る多岐にわたるプロセスに対し、多くの高校では週1コマ程度の時間しか確保できず、受験指導などとの兼ね合いでさらに削減されがちです。短期間の時間的な制約が原因でテーマを深掘りすることが難しく、活動が表面的なものにとどまるケースも少なくありません。また、地域間や学校間でのリソース格差も深刻です。特に地方の高校では、企業や大学といった外部機関との連携が難しく、予算や人脈の制約から現地視察や外部講師の招致も困難な場合があります。都市部での充実した探究学習との差が広がる一因となっており、この格差をどう埋めるかが今後の重要な課題です。
まとめ
生徒が自分で課題を見つけて、情報を集めて解決していく総合的な探究の時間。2022年度から高等学校でスタートしました。学習を通して、変化のスピードが早く予測不能な未来を生きるための力を身につけることを目指しています。生徒のキャリア形成にも役立つでしょう。生徒の学習がスムーズに進むように、まずは教師が総合的な探究の時間についてきちんと知っておくことが大事です。
※1:令和4年4月内閣府科学技術・イノベーション推進事務局文部科学省「探究力評価への挑戦主に大学入試における事例」
※2:文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説総合的な探究の時間編」
※3:すらら「学校を学びのハブへ!- 企業と共に創った探究課題を解決するための探究教材-」
※4:すらら「答えのない課題を考えるために、探究の第一歩「すららSatellyzer」による授業事例」
※5:すらら「「学び直し」ならぬ、学びの「捉え直し」。生徒の意識を変えた「すらら」」