新学習指導要領の理念である「社会に開かれた教育課程」。それがどのような意味を持ち、学校教育においてどのような変化をもたらすのか、詳細を知らない教職員の方もいるのではないでしょうか。そこで本記事では、社会に開かれた教育課程の概要や背景を解説します。併せて実践例も紹介しますので、教育に携わる方はぜひご一読ください。
新学習指導要領に示された「社会に開かれた教育課程」とは
社会に開かれた教育課程には2つの目的が含まれます。1つ目は、学校教育の内容とその体系を示すことです。2つ目は、学校教育の中で子どもたちが社会とつながり、自身の目標達成のために積極的に行動する力を育むことです。社会に開かれた教育課程には次の3つの側面があります。
・社会の状況に幅広く興味を持ち、より良い社会をつくるという目標を掲げ、教育課程を通して自身の目標を学校と社会と共有していくこと
・子どもたちが社会と関わり合い、自身の人生を切り開いていくために求められる資質や能力について教育課程で明確化し育んでいくこと
・学校教育を学校内だけで完結するのではなく、放課後や土曜日に地域の人と交流したり公共資源を活用したりして、教育課程の実現に向けて社会と共有・連携すること
「社会に開かれた教育課程」はなぜ必要とされているのか
新学習指導要領には以下の背景があります。
・教育課程を通じて、子どもたちが変化の激しい社会を生きるのに必要な力の育成を目指すこと
・社会と連携しながら協働を重視した学校の特色づくりを図ること
・社会との関わりの中で豊かな学びを実現すること
そのため、学校が社会や世界との接点を持ち、あらゆる人々とのつながりを持つことが大切と考えられています。つながりを保ちながら教育を学べる開かれた環境にするためには、教育課程においても社会との結びつきが重要といえるでしょう。子どもたちが社会とのつながりを通して学ぶことで、自身の人生や社会をより良く変えられるという実感を持つことが、これから直面するさまざまな課題を乗り越え成長する力につながるでしょう。
「社会に開かれた教育課程」がもたらすメリット
社会に開かれた教育課程が子どもたちや社会にもたらすメリットとして、以下の4つが考えられます。
・子どもたちが変化の激しい社会を生きるのに必要な力を獲得できる
・実社会にテーマを求めることで、子どもたちの関心・意欲が高まる
・学校の支持者が増え、学校の存在意義が向上する
・地域社会が活性化する
アクティブ・ラーニングの考え方をもとに身の回りの出来事が学ぶテーマや教材となれば、子どもたちは参加しやすく関心・意欲を高められるでしょう。代表的な例を挙げるとSDGsです。社会生活の課題であるSDGsは多くの企業や団体が活動しているため、子どもたちの教育実践をサポートしてくれる資源となり得ます。また、地域と子どもたちが協働して1つのテーマを考察することで「学校らしさ」に気付き、地域社会が活性化し実績を積むことができるでしょう。
「社会に開かれた教育課程」の実現には3つの条件を整える必要がある
変化が著しい社会を生きていくための力を、子どもたちは身に付ける必要があります。ここでは、社会に開かれた教育課程を実現するための条件を3つ解説していきます。
条件①主体となる学校教員の意識を変える
教育課程を編成する際は、校長が責任者として全職員と協力し、各学校が主体となって実行されます。従って、教員が社会とのつながりを意識したり、現実社会の問題に向き合ったりと、自分の問題として解決に向けて取り組む意識を学校全体で統一させることが欠かせません。また教育課程を編成・実践する際に、その様子を社会に発信することも社会との共有につながるため、まずは教員の意識を変えることが社会に開かれた教育課程を実現する条件の1つといえるでしょう。
条件②教育課程の構造的・体系的な編成を行う
教員が各学年・各教科等の方針を筋道立てて示すことで、育成を目指す資質や能力、および子どもたちへの指導も一貫性・関連性を持って展開できるでしょう。それにより、子どもたちが学び全体を通じて資質・能力を確かに身に付けることが期待できます。編成する際は、教える側の視点だけではなく子どもの視点に立って何ができるようになるのかを具体的に示すことがポイントです。
条件③カリキュラム・マネジメントを推進する
各学校が設定する学校教育目標を実現するために、学習指導要領にもとづいた教育課程を編成・実施・評価し、子どもの状況に合わせて改善していくことをカリキュラム・マネジメントといいます。カリキュラム・マネジメントでは、特に教育課程全体を通して教科などの横断的な視点から教育活動の改善が重要です。また、教科や学年を超えた総合的な組織運営の改善も求められています。今後は、教育活動だけではなく学校経営なども含めて、学校全体の在り方をどのように改善していくかが重要になるといえるでしょう。
「社会に開かれた教育課程」を実現するカリキュラム・マネジメントのポイント
社会に開かれた教育課程の実現に向けて、①何ができるようになるのか②何を学ぶか③どのように学ぶかの視点から、教育課程を編成し地域や子どもの状況に合わせて見直しながら活動していくことが大切です。また、カリキュラム・マネジメントには次の3つの側面が示されており、社会に開かれた教育課程を実現する上で欠かせません。
1.教科等横断的な視点での教育課程編成
2.教育の質の向上を目的とした評価と改善
3. 実践するための人的・物的体制の確保
これらを踏まえて、教育目標の実現に向けて子どもの学びを中心に捉えながら諸要素を関連付けて考えることが重要です。一例を挙げると、学校の方針が「周囲に流されず自身で考えて行動できる人間を育むこと」の場合は、学校での経験や社会の動きと結びつけたり、就学前の経験と卒業後の経験をつなげたりして、方針を軸にさまざまな要素と関連付けるのがポイントです。
「社会に開かれた教育課程」に向けたカリキュラム・マネジメントの実践例
とある小学校では「夢や希望を育む学校づくり」を学校経営の理念とし、子どもたちの自己肯定感や自尊感情の涵養(かんよう)を目標に教育活動を行っています。学習面や生活面での配慮が必要な子どもに対して、全教員が共通理解を図りながら迅速に組織的に対応しています。保護者や地域の期待は大きく、そして協力的な印象です。一例を挙げると、年間行事の1つである持久走大会では生徒1人1人に達成感を実感してほしいという狙いから、具体的な目標を持たせています。表彰対象は上位の生徒だけではなく、完走したら「完走賞」、練習時の記録と大差がなければいつものペースで走れたということで「ピタリ賞」を授与して、子どもたちの努力を認めています。学校と地域が連携・協働して子どもたちの育成を行っています。
東京都足立区の小学校の事例
東京都足立区の小学校では、学校と家庭(地域)が共通理解を図り、児童の学びをより豊かなものにしていくことを目指して、カリキュラム・マネジメントを実施しました。まずは、教科等の目標の達成に加えて学校の重点目標等も達成する必要があると考えているため、全教師が達成度を可視化できるようにグランドデザインを作成しました。教育方針である「自己肯定感や自尊感情の涵養」を中心として、学校行事への取り組み・特色ある教育活動の充実・保護者の協力・地域の参画などを含め、全体像をすぐに把握できるのが特徴です。日々の教育活動や研修が学校においてどのように位置付けられているのか、学校と地域がどのようにつながっているかを明確化することで、次の教育活動につなげていくことも目的の1つとしています。
山口県山口市の中学校の事例
山口県山口市の中学校では、社会の変化に柔軟に対応できる子どもを育成するために言語能力に着目したカリキュラム・マネジメントを実施しました。まずは聞く・話す・説明を基本としたコミュニケーションから生み出されるトラブルや課題を洗い出し、グランドデザインの中に育成したい言語能力を位置付けることから始めました。インプット・アウトプット・モチベーションの3つの視点に分け、学校・家庭(地域)においてのそれぞれの狙いを設定し、実現に向けた道筋を可視化しました。また、専門知識を持つ地域住民を学校に呼び、意見を交わしたり親交を深めたりといった地域参加型の授業を行っています。学校・地域それぞれの視点からビジョンを共有することにより、子どもたちの言語能力のアップが期待されています。
「社会に開かれた教育課程」を支える2つの仕組み
ここでは、社会に開かれた教育課程を実現するために行われている2つの活動について紹介します。
コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)
文部科学省では、学校と地域が協働して学校運営に取り組むことを目的としたコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)を制定しました。これにより、学校運営に欠かせない保護者や地域住民の声を積極的に生かし、地域参加型の学校づくりを進めることが可能になりました。コミュニティ・スクールの主な役割は、次の通りです。
・学校運営の基本方針を承認
・意見を校長や教育委員会に述べられる
・教職員の任用に関して教育委員会に意見を述べられる
また、コミュニティ・スクールにより子どもたちの学ぶ場面の拡大や体験活動の充実も期待できるでしょう。
地域学校協働活動
地域学校協働活動とは、地域・保護者・NPO法人・民間企業などの幅広い地域住民がパートナーとして加わり、連携・協働しながら実施する活動を指します。子どもたちが地域に出かけて郷土学習を行ったり地域の行事に参加したりといった、子どもたちが地域住民と関わる活動が挙げられます。地域全体で子どもたちの成長を軸としてあらゆる活動をする中で、地域住民とのつながりを深めたり地域の将来を担う人材の育成をしたりして、自立した地域社会の基盤の構築や活性化を図ることが地域の創生につながるでしょう。
「社会に開かれた教育課程」の実践例
社会に開かれた教育課程の実践例の1つとして、地域学校協働活動推進員が発掘した地域の漁師が講師となり地域産業に関する学習が実施されました。ここからは、前途したような社会に開かれた教育課程の実践例を具体的にご紹介します。
岩手県大槌町の取り組み事例
平成23年の東日本大震災で津波による多大な被害を受けた岩手県大槌町では、ふるさとの将来を担う子どもたちの人材育成を目指してコミュニティ・スクール(学校運営協議会を置く学校)を導入し、学校と地域が協働して育てていくという目標を掲げました。また学校運営協議会での熟議を通じて、子どもたちが故郷に誇りを持てるように、社会の変化に柔軟に対応できる力や将来の夢に向かって努力する力の習得を目指して、ボランティア教育・福祉教育などを盛り込んだ「ふるさと科」のカリキュラムを策定。これからの社会をつくり出していく子どもたちに必要な資質や能力を具体的に示しながら学校教育を通して育成しています。
愛知県碧南市の取り組み事例
愛知県碧南市の中学校では、地域の方との交流を深めることでコミュニケーション能力を育む生徒の育成に取り組んでいます。一例を挙げると、地域の清掃ボランティアを通して町をきれいにしつつ地域の住民と挨拶を交わしたり会話をしたりして親交を深めています。また、地域住民のサポートの上、資源回収を実行できたお礼として花の種をプレゼントとして贈り、大変喜ばれたといった事例もあります。伝統のある地域の行事に生徒がボランティアとして参加することで、生徒と地域住民の交流を活性化させるとともに、子どもたちが地域に貢献できる喜びを実感することを目的として取り組んでいます。
まとめ
新学習指導要領「社会に開かれた教育課程」は、子どもたちが社会とのつながりを通して教養を深めることが目的です。子どもたちの人生をより良いものにするために、学校と地域・保護者と目的を共有して教育がサポートすることが重要です。社会に開かれた教育課程のメリットや条件を十分に理解して、実例を参考にしながら今後の教育に役立てていきましょう。