高等学校には、地域・学校・生徒の特性に合わせて独自の学校設定科目を設置することが認められています。
しかし、「何を目的に学校設定科目を設置したらよいのか」「設置の際には、どのような点に注意するべきなのか」と疑問に感じている教員もいるのではないでしょうか。
この記事では、学校設定科目の定義やメリットなどについて解説するとともに、学校設定科目の具体事例を紹介します。学校設定科目のイメージをつかむためにも、ぜひご一読ください。
学校設定科目とは?中学校・高等学校での定義を解説
「学校設定科目」とは、各高等学校が独自に設置できる科目です。中学校の場合は、「その他特に必要な教科」として位置付けられています。また、学校設定科目と同様に、高等学校ごとの判断で設置可能なのが「学校設定教科」です。
ここでは中学校における「その他特に必要な教科」、高等学校における「学校設定科目」「学校設定教科」の定義を解説します。
中学校における「その他特に必要な教科」
中学校では、教育課程で扱われる9教科(国語・社会・数学・理科・音楽・美術・保健体育・技術家庭・外国語)とは別に、「その他特に必要な教科」の設置が可能です。
名称・目標・内容などは、地域や学校の実態および生徒の特性に考慮しながら各学校で定めます。ただし、その他特に必要な科目が生徒に過度な負担をかけないよう、適切な指導計画を作成しなければなりません。
高等学校における「学校設定科目」
高等学校では、国語や地理歴史などの各学科に共通する教科および農業や工業などの主に専門学科に開設される教科において、学習指導要領に記されている科目とは別に「学校設定科目」を設置できます。
学校設定科目は地域・学校・生徒の実態や学校の特色に応じて、必要がある場合に定められます。名称・目標・内容・単位数などは学校ごとの設定が可能ですが、学校設定科目が属する教科の目標や関係する科目の内容とのつながりを意識することが大切です。
高等学校における「学校設定教科」
学習指導要領で定められている教科の他に、各高等学校の判断で設置できるのが「学校設定教科」です。学校設定教科の設置要件は学校設定科目と同じで、地域・学校・生徒の実態、そして学校の特色に応じて、必要がある場合に設けられます。
総合学科の必修教科で、自己の探究やコミュニケーション能力の育成を目的とした「産業社会と人間」は、普通科などでも学校設定教科に関する科目として実施可能です。
学習指導要領では自己の在り方・生き方・進路についての考察を通して、適切な教科・科目を選択する力を育成することがどの学科でも重要であるとの考えから、「産業社会と人間」を学校設定教科に関する科目として設置できる旨が明示されています。
学校設定科目を設けるメリット
学校設定科目を設けることで、学校にはプラスの効果がもたらされます。ここでは、学校設定科目を設置するメリットを紹介します。
学校ならではの特色を出すことができる
前述の通り、各高等学校は独自の判断で学校設定科目を設置できます。つまり、学校設定科目を設けることが、その学校の特色になり得るということです。
例えば、都立白鷗高等学校では、2年次の教育課程に学校設定科目「日本文化概論」が取り入れられています。日本文化概論は日本文化の体験的な学びを目的としており、生徒は日本の生活文化に加えて、茶道・華道・書道・囲碁・将棋・日本音楽史から2講座を選択して、日本文化への理解を深めます。
このように、学校設定科目を設けることは、学校独自の特色を生み出すことにつながるといえます。
必修科目では教えられないことを教えられる
学校設定科目は必修科目とは別に設置が認められているものであるため、生徒に対して必修科目+αの学びを提供できます。
私立札幌新陽高等学校では、新たな出会いと原体験による成長を目的とした学校設定教科「出会いと原体験」を設置し、それに関する科目として「国際協働」「e-sports演習」「アントレプレナーシップ」「アウトドア探究」などを実施しています。
学習の場を教室の中から町内・道内・世界へと広げているこれらの科目は、生徒の体験や学びの幅を大いに広げているといえます。
このように、学校設定科目を設置することは、必修科目とは異なる体験や知識の習得につながります。
学校設定科目に関するルール
設置の判断は各学校に委ねられているとはいえ、学校設定科目を設ける際はいくつかの点に気を付けなければなりません。ここでは、学校設定科目に関するルールを確認しましょう。
教育上必要なものであることが条件
学習指導要領では、学校設定科目を設置する要件として以下の2つが挙げられています。
・その科目が属する教科の目標にもとづいていること
・高等学校教育としての水準の確保に配慮すること
2つ目の「高等学校教育としての水準」は、学校教育法で定められている高等学校の目標を参考にするとよいでしょう。学校教育法第51条には、高等学校の目標が次のように明示されています。
第五十一条 高等学校における教育は、前条に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 義務教育として行われる普通教育の成果を更に発展拡充させて、豊かな人間性、創造性及び健やかな身体を養い、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと。
二 社会において果たさなければならない使命の自覚に基づき、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な知識、技術及び技能を習得させること。
三 個性の確立に努めるとともに、社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、社会の発展に寄与する態度を養うこと。
(参照:学校教育法 第六章高等学校 第五十一条)
高等学校には、上記の目標を達成できるような教育水準の維持が求められます。そのため、学校設定科目も水準の維持に寄与するものでなくてはなりません。そのため、教育上必要なことが、学校設定科目を設置する大前提となるわけです。
全学校に必ず設けなければならないわけではない
高等学校教育には、履修が必須である科目が存在します。例えば、国語科の「現代の国語」や数学科の「数学Ⅰ」などです。一方、学校設定科目は、学習指導要領上では必修とはされていません。
基本的に、学校設定科目の設置や扱いは各学校の判断に委ねられています。そのため、必ずしも全ての学校が設けなければならないわけではありません。
20単位まで卒業の単位数に含められる
高等学校では、卒業までに74単位以上を修得させる必要があります。これはあくまで最低必要要件であり、74単位を上回ることは可能です。ところが、学校設定科目に関しては、20単位までしか卒業に必要な単位数に含められません。
ただし、制限があるのは普通科のみで、専門学科や総合学科では卒業単位に含められる学校設定科目の単位数に上限がないことを覚えておきましょう。
高等学校における学校設定科目の現状
「平成27年度公立高等学校における教育課程の編成・実施状況の調査」の結果によると、全日制の高等学校の「普通科」「専門学科」「総合学科」それぞれにおいて学校設定教科・科目を設置している割合は以下の通りです。
普通科:89.6%
専門学科:73.3%
総合学科:97.7%
(参照:平成27年度公立高等学校における教育課程の編成・実施状況の調査の結果について p.7|文部科学省)
いずれの学科でも高い割合で学校設定教科・科目を設置していることが分かります。
また、同調査では開設されている学校設定教科・科目の観点別の割合も明らかになっています。
●義務教育段階の学習内容の確実な定着を図るため
・普通科:11.4%
・専門学科:5.9%
・総合学科:24.3%
●発展的な学習等を実施するため
・普通科:11.4%
・専門学科:5.9%
・総合学科:24.3%
●地域に関連した事項を扱うため
・普通科:79.4%
・専門学科:59.5%
・総合学科:80.9%
●道徳の内容を実施するため
・普通科:10.4%
・専門学科:13.0%
・総合学科:41.8%
●その他
・普通科:11.9%
・専門学科:13.4%
・総合学科:25.0%
(参照:平成27年度公立高等学校における教育課程の編成・実施状況の調査の結果について p.7|文部科学省)
いずれの学科においても、「発展的な学習等を実施する」ことを目的として学校設定教科・科目を設置する割合が最も高い結果となりました。
【事例】学校設定科目の例
適切な学校設定科目を設置するためには、すでにある具体事例を参考にするのがおすすめです。ここでは、観点別に学校設定科目の例を紹介します。
入試対策としての科目
千葉県銚子市立銚子高等学校では、英語・国語・数学の3教科において2年次までに大学入学共通テストに対応できるように授業を進め、3年次には大学入学共通テスト対策として設置している「特講科目」を受講できるようにしています。
同様に、石川県立金沢錦丘高等学校は文系クラス向けに「世界史特講」「日本史特講」「公民特講」「実践演習英語」「文系数学特講」「文系理科演習」などを、理系クラス向けには「理系数学演習」「理系数学特講」などを設置し、生徒が大学入試に力を入れられるような教育課程を作成しています。
教養を深める科目
長崎県立松浦高等学校では、2022年度から2学級あった普通科に変わって「地域科学科」が新設されました。
同学科において、課題解決能力やふるさとを大切にする姿勢を身に付けるとともに、キャリア形成を図ることを目的として設置された学校設定科目が「まつナビ・プロジェクト」です。
1年次の「プレまつナビ」・2年次の「まつナビ」・3年次の「ポストまつナビ」と3年間を通して課題研究に取り組み、教養を深めていきます。
基礎学力を向上させる科目
近年、多くの教員が探究の授業の設立などにより、勉強が苦手な生徒に対してフォローする時間が持てないといった悩みを抱いています。そこで役立つのが、学校設定科目です。基礎学力の向上を目的とした学校設定科目を設置すれば、高等学校での学びへの理解も深まります。
ちなみに、高等学校教育の目標に「義務教育の成果の発展と拡充」が含まれていることから、学習指導要領では義務教育段階の学びをより定着させることを目的とした学校設定教科および科目の設置は適切だとされています。
生徒の基礎学力の定着にいち早く着手したのが、千葉県立姉崎高等学校です。姉崎高等学校は、少子化や市外への志願者の流出の影響で志願者が減少し、生徒の問題行動が目立つようになったため、2003年度・2004年度と定員割れを起こしました。
2003年11月に千葉県の「自己啓発指導重点校」に指定されたことを機に設置したのが、学校設定教科「マルチベーシック」です。マルチベーシックでは小・中学校段階の問題を出題したプリントを配布し、生徒は個々のペースで問題に取り組みます。1学級につき3人の教師が担当し手厚く指導することで、結果的に生徒の基礎学力や学習意欲の向上につながりました。
姉崎高等学校が開始したマルチベーシックは、現在全国の高等学校で学校設定教科・科目として取り入れられています。
専門知識を高める科目
熊本県立熊本工業高等学校は、全国で初めて「半導体技術」を学校設定科目として設置しました。より専門的な内容を学ぶために、教科書には一般社団法人パワーデバイス・イネーブリング協会が主催する半導体技術者検定3級の参考書「はかる×わかる半導体入門編」が採用されています。
半導体技術は半導体への興味・関心を高め、将来の進路選択に生かしてもらうことを目的としている学校設置科目です。
社会マナーや人間力を高める科目
主に総合学科で設けられている「産業社会と人間」は、以下の項目の達成を目的とした科目です。
・自己の生き方の探究
・働くために必要な能力と態度の養成
・職業生活で必要な態度やコミュニケーション能力の育成
・豊かな社会を築くための意欲や態度の育成
中でも、東京都立若葉総合高等学校ではコミュニケーション能力の育成を重視して「産業社会と人間」の授業を展開しています。班単位でのグループワークを多く取り入れているのが特徴です。
国際理解を深める科目
奈良県立国際高等学校が学校設定科目として取り入れているのが「グローバル探究」です。「グローバル探究」はⅠ〜Ⅲと展開し、3年間を通して地球規模の課題について探究活動できるよう設計されています。
また、グローバル探究では他にも、外国人講師によるSDGsのテーマについてのセッションを受けたり、シンガポールで課題研究を行ったりと、さまざまな取り組みが計画されています。
環境問題への理解を深める科目
北海道礼文高等学校は、1年次の理科の学校設定科目に「高山植物」を設けています。
「高山植物」の目的は、自然保護に対して関心を持つことや、自然保護と観光産業の発展の両立について考察すること、そして礼文島の自然と積極的に関わりながら生きていく力を養うことなどです。
具体的には、礼文島の高山植物群を中心とした植物の観察・実験・実習や、高山植物および環境問題についての調べ学習などを行います。
まとめ
学校設定科目は、必要に応じて設置が認められている各学校特有の科目です。学校ごとの特色を出しつつ、必修科目以上の知識やスキルを教えられるメリットがあります。ただし、設置に際しては、高等学校教育としての水準の確保や他の科目との関連性に考慮しなければなりません。
今回紹介した具体事例にあるように、学校設定科目はあらゆる観点で設置が可能です。地域・学校・生徒の特色を踏まえて、適切な学校設定科目の設置を目指しましょう。