2024/07/15(月)
2019年に文部科学省より「GIGAスクール構想」が打ち出され、1人1台端末をはじめ学校のICT化が飛躍的に進みました。「アフターGIGAスクール」という時期に入った現在、文部科学省は新たに「教育DX」を推進する方針を打ち出しています。本記事では、教育DXとはどのような取り組みなのか、また教育DXのメリットやデメリットなどについて解説していきます。実際の取り組み事例も取り上げていますのでぜひ最後までご覧いただき、教育活動の参考にしてください。
教育DXとは
教育DXの「DX」とは「デジタルトランスフォーメーション」の略で、「デジタルの変容」を意味します。変容とは「姿・形を変えること」で、教育の手法や教職員の業務など、これまでの在り方からガラッと変えてしまおうというのがこの「教育DX」です。
教育のデジタル化との違い
教育DXとデジタル化の大きな違いは「利活用の仕方」にあります。教育現場で言うデジタル化は、単に教材をデジタル化しただけや「情報通信教育」に終始しているケースがあり、ICT活用の教育的効果が低いという現状があります。教育DXは、アナログなものを単にデジタルに切り替えることのみを指すのではなく、データの在り方・使い方・ツール・活用のルール・リテラシーすべてを変容させていくという試みです。そのため、教育DXは教育のデジタル化と平行して行われなくてはなりません。
教育DX推進の背景
教育DXが推進されるようになった背景には、GIGAスクール構想と関係があります。GIGAスクール構想ではいくつかの反省点や課題が見つかりました。デジタル庁より2021年9月に公表された「GIGAスクール構想に関する教育関係者への アンケートの結果及び今後の方向性について」によると、教育関係者から以下のような課題が指摘されました。
・国の調査や手続きのデジタル化が進んでいない
・家庭の通信環境の支援が必要
・災害や感染症、不登校等の際の活用が不十分
・端末のスペックが低い、補償の問題、数年後の端末の方針の欠如
・教職員体制の充実が必要
・教員のICT研修が不十分
・効果的な活用事例が不足
・デジタル教科書の導入が不十分
・校務のデジタル化が進んでいない
・プログラミング等に長けた地域人材の活用が不十分
・オンラインで他校や外国と交流できる機会が不十分
・授業内外での活用が不十分、フィルタリングで調べたいサイトが見られない
・家庭学習で使えるシステムやツールが不十分
・家庭との連絡がデジタル化されていない
・情報モラルやリテラシーが不足
こうした反省点や課題を踏まえ、2022年1月にデジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省が共同で「教育データ利活用ロードマップ」を策定しました。「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」をミッションに据え、GIGAスクール構想で明確となった課題とその解決策について記されています。具体的な内容は以下の通りです。
・ICTをフル活用して、学習者主体の教育への転換や教職員が子供達と向き合える環境に
・データの①スコープ(範囲)、②品質、③組み合わせの充実・拡大という「3つの軸」を設定
・「ルール」「利活用環境」「連携基盤(ツール)」「データ標準」「インフラ」といったそれぞれの構造に関連する論点や、必要な措置について整理
・調査等のオンライン化
・教育データの標準化
・教育分野のプラットフォームの在り方の整備
・学校、自治体等のデータ利活用環境の整備
・教育データ利活用のルール・ポリシーの設定
・生涯にわたる学びの環境整備
・データ連携による支援が必要なこどもへの支援の実現
・デジタル社会を見据えた教育
さらに2022年3月に「第1回学校DX推進本部」が開催されました。この推進本部では以下の内容が主な検討事項として議論されることに決まりました。
・デジタル技術の活用をはじめとした教員研修の更なる高度化や教師のICT活用指導力の向上
・校務の情報化をはじめとする学校における働き方改革
以上のように、GIGAスクール構想の課題や反省点を生かす形で「教育DX」が推進されることになりました。
文部科学省による教育DX推進の3本柱
教育DX推進において文部科学省は、以下の3点を推進の柱としています。
・教育データの意味や定義を揃える「標準化」(ルール)
・基盤的ツール(MEXCBT、Edusurvey)の整備(ツール)
・教育データの分析、利活用の推進や教育データ活用にあたり自治体等が留意すべき点の整理(利活用)
教育DXの推進がもたらすメリット
教育DXの推進でもたらされるメリットは以下の点です。
授業や指導の「個別最適化」
オンライン授業の充実により、不登校や病気、災害などで登校できない児童生徒への対応が可能となります。また文部科学省はCBTシステム(MEXCBTメクビット)という独自の学習支援ツールを開発しました。これは、国や地方自治体等の公的機関が作成した約4万問の問題を活用できるプラットフォームで、児童生徒が学校や家庭において自由に学習できるシステムです。2021年12月から導入がスタートし、2023年6月現在約2万5,000校(約800万人)が使用し、小学校で70%以上、公立中学校ではほぼ全ての学校で導入されています。文字通り「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」の実現に近づいているといえます。文部科学省CBTシステム(MEXCBTメクビット)について文部科学省 (mext.go.jp)
教職員の業務負担軽減
教育DX推進の柱の1つである教育データの「標準化」は、教職員の業務負担軽減が期待されています。これまで「進級・進学時にデータが引き継がれない」「転校時は紙でのデータで引き継ぎしている」「学校や自治体間のデータの結びつきがない」などの課題がありました。教育DXの推進により「教育データ」が、①主体情報、②内容情報、③活動情報と統一された形式で管理されることで、すべての学校で共通してデータが使用できるようになります。生徒の学習情報をはじめ、テストの結果や成績などが共通した様式で保管されるようになり、引継ぎなどに割かれる時間が大幅に短縮されます。また保護者メールや学校HPの充実により学校の様子を家庭に伝えやすくなるメリットや、テストや課題の配布・回収・管理をデータ上で行えるようになるため、今後大きく業務負担の軽減が期待されます。
デジタル人材の育成
教育DXによって「生涯にわたる学びの環境整備」や「デジタル社会を見据えた教育」が推進されることにより、よりデジタルを意識したカリキュラムや学習が実施されるようになります。GIGAスクール構想で課題となった「リテラシー教育」についても指針が出ているため、将来IT業界などで活躍する「デジタル人材」の育成が期待されます。
教育DX推進のデメリット・今後の課題
教育DXを推進する上でのデメリットや今後の課題は以下の点です。
インフラの整備・維持にかかるコスト面
2022年10月に文部科学省から出された学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(令和4年3月1日調査基準日)では、学校におけるICTの整備状況について以下のような結果が出ています。
・教育用PC1台あたりの生徒数 小学校0.9人/台、中学校0.8人/台、高等学校1.4人/台
・普通教室の無線LAN整備率 小学校94.8%、中学校94.1%、高等学校96.9%
・普通教室の大型提示装置整備率 小学校88.1%、中学校83.9%、高等学校79.3%
・学習者用デジタル教科書整備率 小学校40.1%、中学校41.5%、高等学校6.1%
小・中学校では1人1台端末がほぼ達成されてはいるものの、熊本県では教室内の無線LAN整備状況が 64.2%にとどまるなど、無線LANやデジタル教科書の整備状況に地域差があることがわかっています。今後どれくらい国がインフラの整備や維持にかかるコストを保証できるかが課題となっています。
教員・児童生徒双方のリテラシー問題
同じく学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果の「教員のICT活用指導力」の項目で以下のような結果が出ています。
・教材研究・指導の準備・評価・校務などにICTを活用する能力 87.5%
・授業にICTを活用して指導する能力 75.3%
・児童生徒のICT活用を指導する能力 77.3%
・情報活用の基盤となる知識や態度について指導する能力 86.0%
ICT教育を指導する側である教員の指導力不足が課題となっています。また、教員のICT研修の受講状況は75.8%と高くはなく、地域によっては54.5%という場所もあり、教員のICT指導力という点でも地域差があることがわかっています。また児童生徒のタブレット使用時のルールについても課題が残っています。友人間でトラブルに発展したり、使用時間、姿勢、セキュリティ、マナーなど解決しなければならないことが多くあるのが現状です。
教育DX 取り組み事例
埼玉県でさとえ学園小学校や栄東中学・高等学校など7つの学校を運営する佐藤栄学園は、NTT東日本埼玉支店と「最新テクノロジーを用いた次世代教育協創の連携協定」を締結しました。睡眠の質を可視化する「眠育 DX」、スポーツテック によるデータに基づいた効率的な指導法や個別最適化されたトレーニングを実現できる「部活動 DX」、最新テクノロジーによる未来の農業の姿を探究する学びなど、 学校生活だけではない生活全般に及ぶ課題探究的な学習を企業とともに展開しています。また栃木県の一部の県立高校は、授業でアプリケーションを活用し学習の質と効率を上げています。佐野高校(佐野市)では、Googleのアンケート作成ツール「フォーム」で作った選択式の問題集を使い学習を進めています。生徒が回答を終えると、端末にその場で正誤判定と解説が表示されるようになっており、教科担任の端末には自動集計された正答率の円グラフが出てくるというシステムです。「紙のテストより簡単かつ即座に習熟度が把握でき、授業の進め方を調整しやすい」と担当教諭は語っています。ほかにも電子黒板に教科書や問題集を映し出し、板書時間を短縮して課題演習の時間を増やしたり、ウェブ会議システム「TEAMS」で生徒に一斉に教材や課題を共有したりしています。
さらに那須清峰高校(那須塩原市)は、教職員の事務仕事にもICTを積極的に活用しています。毎月の職員会議はペーパーレスで行い、日誌や毎朝の連絡事項、出張の予定もオンライン上で共有できるようにし、教職員の業務負担軽減に取り組んでいます。
教育DXに活用できるツールの事例
文部科学省が開発した学習ツールMEXCBT(メクビット)はすでに紹介しましたが、民間の学習ツールを導入している学校もあります。ここでは代表的なツール3点を紹介します。
Classi
ベネッセ総合学力テスト(進研模試)、スタディーサポート、基礎力診断テスト、学力推移調査の結果に応じたおすすめ問題を独自のAIが出題し、学習効果を最大化させるツールです。生徒のレベルに応じて一定レベルの問題演習を実施できるため、個々の生徒に合った学習を提供してくれます。教師側は生徒の学習状況をはじめとしたさまざまな活動履歴を可視化でき、生徒を多面的に見ることが可能に。学校の状況に応じて追加で提携サービスを受けることもでき、内容は「英語4技能」「アクティブラーニング」「プログラミング」「探究学習」「セキュリティ教育」「いじめ対策」など多岐に渡ります。スマートフォン、タブレット、PCなどのデバイスを問わずに利用できるクラウドサービスで、授業や面談、ポートフォリオの蓄積といった学校内の活動にとどまらず、学校と保護者間のコミュニケーションツールとしても活用されています。岩手県立花巻北高等学校や東京都立葛飾野高等学校、城西大学附属城西中学・高等学校など多くの学校で導入されています。
Google for Education
「classroom」機能を使えば、生徒への課題の回収や返却、オンライン授業、連絡事項など生徒とのコミュニケーションがほぼ完結します。「フォーム」機能では、アンケートの作成や生徒の学習成果の評価、テストの実施ができ業務負担の軽減につながります。プレゼンテーションを行うための「スライド」やレポート作成の「ドキュメント」、大人数で意見を書き込める「Jamboard」などの機能が揃っており、生徒の学習活動をサポートしてくれます。
すららドリル
一人ひとりの学力に応じて、出題される問題の難易度が変化する「出題難易度コントロールシステム」を搭載。生徒が適度な達成感を感じつつ自信を深めながら学習を進めることができます。解けない問題があった場合、独自の特許技術でドリルの回答内容から生徒一人ひとりの「解けない原因」を自動的に判定することもでき、教師がフォローしきれない生徒個々のつまずきを確実に克服しながら学習を進められます。多くのeラーニングの解答形式が選択式であるのに対し「すららドリル」の英語は、「並べ替え」「全文タイピング」「ディクテーション」など多彩な解答形式で実践的な学力を身につけることができます。数学においても独自の技術で数式を記入できるようになっており、紙に書くような感覚で学習することができます。教師側は生徒全体や任意のグループの学習状況を一目で確認でき、生徒が適切に学習を継続できているかを管理できます。また、学習時間や問題の正答率といった学習データから、生徒個々に合った指導を行うことができます。学期ごと、季節ごと、学年ごとの学力診断テストを何度も受けることができ、その結果を生徒毎にプリントアウトすることができるため、生徒へのフィードバックはもちろん、保護者への説明資料として活用できるのもメリットの1つです。
まとめ
国全体でデジタル化の取り組みが進む中、教育DXも今後本格的に進められていく教育政策です。これからますます個人にあった教育や指導を行うことが求められます。すでに取り組みを行っている学校の事例や学習ツールを活用し、個別最適な学びの実現を目指しましょう。