2024/07/12(金)
2020年度から全国の小・中・高等学校に導入された「キャリア・パスポート」。運用は地域や学校の実態に応じて行うことができるため自由度が高く、形式や活用方法は学校によってさまざまです。導入から3年経った現在、各学校においてキャリア・パスポートはどのように運用されているのでしょうか。本記事では、キャリアパスポートの目的や意義、課題について詳しく解説していきます。また、高校で行っているキャリア・パスポートの内容や取り組み事例も紹介していますので、今後の参考にしていただければ幸いです。
キャリア・パスポートとは
キャリア・パスポートとは、児童生徒が自分で記録していくポートフォリオのことで、自分自身の成長と変化を記録し、自己理解を深め、将来設計に役立てることを目的としています。キャリア教育の一貫として2020年度に全国の小・中・高等学校で導入されました。実際、キャリア・パスポートが導入される以前から、キャリア教育でのポートフォリオの有効性を感じている学校が多く「キャリアノート」「キャリア記録」などの名前で運用はされていました。
キャリア・パスポートの目的と期待される効果
キャリア・パスポートの目的は2つあります。1つ目は、児童生徒が小学校から高等学校を通して、自分が学んだことや活動したことをポートフォリオ化することです。2つ目は、そうして蓄積した資料を用いて児童生徒が活動を振り返ったり、先の見通しをもったりすることで、社会全体の役割や価値を見出したり、取捨選択や創造する力を養い、自己実現につなげていくことを目的や効果としています。また、教師にとってはポートフォリオを「生徒理解」の材料として活用できる効果があります。記述内容をもとに児童生徒の成長を促したり、対話に活用できたりします。
キャリア・パスポート導入の背景
キャリア・パスポート導入の背景には「キャリア教育の推進」が大きく関わっています。2016年に新学習指導要領策定のための中央審議会答申が出され、その中で小中高において発達の段階を踏まえたキャリア教育の推進の重要性について触れられました。そのため翌年以降に順次公示された小・中・高等学校の新学習指導要領の総則では改めて「キャリア教育」という言葉を使ってその充実を図ることが明示されたのです。キャリア・パスポートが導入された具体的な流れは、2018年に文部科学省が「キャリア・パスポート導入に向けた調査研究協力者会議」を設置し「例示資料及び指導上の留意事項」をまとめました。そして2019年3月に各学校にその例示資料が配付され、2020年に正式導入されました。
キャリア・パスポートを小・中・高で引き継ぐ意義
新学習指導要領の総則では、小中高のつながりを明確にしたキャリア教育の充実が明示されています。具体的には、自分自身の成長と変化を記録し、自己理解を深めさせることや長期的に学びを振り返り、自分の将来についての展望を持たせることなどが目標として掲げられています。そのため文部科学省は、キャリア・パスポートを各校種間で引き継いで活用することが有効であると考え、導入前の2019年3月、校種間の引継ぎの重要性について各学校に通達しました。ただし、その通達の中には「それぞれの学校・地域の実態に応じて柔軟に工夫し、キャリア教育の視点での円滑な接続を図ってほしい」という文言も盛り込まれています。
高校のキャリア・パスポートで重視される4つの資質
高校でキャリア・パスポートを導入する上で重視される資質について、文部科学省は「キャリア・パスポート(例示資料案等)」で、次のように説明しています。
人間関係形成・社会形成能力
人間関係形成・社会形成能力とは「多様な他者の考えや立場を理解し、相手の意見を聴いて自分の考えを正確に伝えることができるとともに、自分の置かれている状況を受け止め、役割を果たしつつ他者と協力・協働して社会に参画し、今後の社会を積極的に形成することができる力」とされています。この能力は、社会生活の中で基礎となる能力であり、多様化が進む現代の社会においては、多様な他者を認めつつ協働していく力が必要です。そうした力をキャリア・パスポートを使いながら養っていこうというものです。
具体的には、
・意見や話を聞くとき、相手の立場を考えて受け止めようとする力
・自分の考えを整理し、相手が理解しやすいように工夫して伝えようとする力
・人と何か行動するとき、自分が果たすべき役割や仕事を考え、分担や計画する力
・自らがリーダーシップを発揮して、物事を考えていく力
などが挙げられます。
自己理解・自己管理能力
自己理解・自己管理能力とは「自分が『できること』『意義を感じること』『したいこと』について、社会と相互関係を保ちつつ、今後の自分自身の可能性を含めた肯定的な理解に基づき主体的に行動すると同時に、自らの感情を律し、かつ、今後の成長のために進んで学ぼうとする力」とされています。この能力は、若者の自己肯定観の低さが指摘される中、生徒が自分自身を認め、主体的に行動できる力の育成を目指しています。また、多様な他者との協力や協働が求められている中、自分の考えや感情をコントロールする力やストレスマネジメント力が重要だとされています。これらの力は、生徒が今後キャリア形成を行っていく上で重要な力であり、高校生活で養わせたい力であると考えられています。
具体的には、
・自分自身を振り返り、長所や短所を理解し、長所を伸ばし、短所を克服しようとする力
・すべきことがあるとき、自分の感情に流されずに判断し、取り組もうとする力
・不得意なことでも、自ら進んで前向きに取り組もうとする力
・思い通りに進まなくても、忍耐力をもって自ら考え、乗り越えようとする力
などが挙げられます。
課題対応能力
課題対応能力とは「仕事をする上での様々な課題を発見・分析し、適切な計画を立ててその課題を処理し、解決することができる能力」とされています。この能力は、自分が行うべきことに対して意欲的に取り組む上で必要な力であり、グローバル化など社会のさまざまな変化に柔軟に対応していく力です。数多く存在する情報の中から自ら主体的に選択し活用する力が重要であり、情報の理解や選択、処理はもちろん、本質を理解したり、課題を発見したりする力を養わせようというものです。
具体的には、
・調べものをする際、資料や情報の信憑性や正確性を判断し、必要な情報を取捨選択しながら活用できる力
・問題や課題が見つかったとき、次に同じ問題が発生しないように原因を調べることや、課題解決のための工夫をする力
・何か行動するとき、見通しをもって計画したり、評価や改善を加えたりしながら行動できる力。
キャリアプランニング能力
キャリアプランニング能力とは「『働くこと』を担う意義を理解し、自らが果たすべき様々な立場や役割との関連を踏まえて『働くこと』を位置付け、多様な生き方に関する様々な情報を適切に取捨選択・活用しながら、自ら主体的に判断してキャリアを形成していく力」とされています。この力は、生徒が将来、社会人として生活していくために必要な力であり、働くことの意義や役割を理解し、将来設計を立てる力を養わせることを目的としています。
具体的には、
・学ぶことや働くことの意義について考えたり、多様な働き方や生き方があることを理解したりする力
・現在学んでいることと自分の将来とのつながりを考える力
・自分の将来について具体的な目標をたて、その実現のための方法について考えてる力
・自分の将来の目標の実現に向け、具体的に行動を起こしたり、振り返って改善したりする力
などが挙げられます。
高校におけるキャリア・パスポートのポイントと項目例
高校でのキャリア・パスポートは「見通しをもつこと」がポイントとなります。小・中学校では「何に取り組んだのか」がポートフォリオの中心となっていますが、高校では将来についてより深く考えていく力が重要になるため「今後どう取り組んでいくのか」という先の見通し持たせ、自分の言葉で記述させることが大切です。
具体的な項目例としては、
・今学期の間に、特に心がけて取り組もうと思っていることをまとめよう
・1年のはじめに、自分のどんな力を伸ばしたいかを考えよう
・1年後の自分を想像しよう
・自分自身の現在と将来について、強みと成長させたいことをまとめよう
・自分は将来どのように社会に貢献していきたいかまとめよう
などが挙げられます。
高校におけるキャリア・パスポートの活用事例
高校におけるキャリア・パスポートの具体的な活用事例を紹介します。
事例①自分自身の成長を再認識する手段として 活用した例
対象学年:1学年
目 標 :一人一人のキャリア形成と自己実現
題 材 :これまでの「キャリア・パスポート」を他者に紹介し、自分自身の成長を再認識する
事前活動:
①クラス内において、他者の考えや意見を受け入れる雰囲気作り、人間関係作りを行っておく。
②小・中学校時代に作成した「キャリア・パスポート」を振り返り、クラス内で紹介する内容の準備をさせる。
活動内容:
①小・中学校時に作成した「キャリア・パスポート」をもとに、グループ内「これまでに自分なりに努力してきたこと」「これまでに他者からもらったコメントでうれかったもの」などを紹介し合い、共有し、グループ内の発表内容をワークシートにまとめる。
②自分の発表についてのクラスメイトコメントや、クラスメイトの発表を聞いて感じたことや考えたことをワークシートにまとめる。
③高校においてさらに伸ばしたい力をイメージすると共に、高校で「キャリア・パスポート」を作成することの意義を再確認する。
留意事項:
・一人の生徒が全員の前で発表する形にはせず、グループ内で紹介し合うこととする。
・時間内でグループを組み直すなど、クラス内のできるだけ多くの生徒の紹介を聞くことができる機会を確保する。
・振り返りを通して、自己理解や他者理解、新たな人間関係の構築につなげる。
・高校において、授業や行事などを通してどのような力を伸ばしたいかをイメージさせる。
事例②主体的な進路の選択決定と将来設計を目標とした例
対象学年:2学年
目 標 :一人一人のキャリア形成と自己実現
題 材 :生徒が話す三者面談のためのプレゼンテーションづくり
事前活動:
これまで作成した「キャリア・パスポート」をもとに、今学期の自分自身の成長
や今後の方向性 (自分自身の進路や進路実現に向けた具体的な手立てを含む)等を整理する。
活動内容:
①これまでに作成した「キャリア・パスポート」をもとに、三者面談の際に行うプレゼンテーションの原稿を作成する。
②実際に行うプレゼンテーションの練習をする。(ペア学習など)
③級友からもらったアドバイスをもとに、プレゼンテーションの練習の中で感じたことや気づいたことをまとめ、本番に向けて修正を行う。
留意事項:
取り組みが進まない生徒への援助を行う。
事後指導:①面談の中でクラス担任、保護者にプレゼンテーションを行う。
②面談中に感じたことや考えたことを踏まえ、次の学期の「学期を見通し、振り返る」様式を作成する。
キャリア・パスポートと大学入試や就職試験の関連性
キャリア・パスポートを大学入試や就職試験などでそのまま活用することは、キャリア・パスポートの趣旨や目的から考えて適切ではありません。理由は2つあります。1つは、キャリア・パスポートは大学入試などで使用する学校が作成した「調査書」とは違い、生徒自らが記入しているものだという点です。2つ目は、キャリア・パスポートはそもそも入試や就職試験などでの活用を前提に作成されたものではないということです。そのため、面接試験対策や自己申告書作成のための「資料」として活用することはあっても、大学入試や就職試験などでキャリアパスポートをそのまま活用することはありません。
キャリア・パスポートの運用課題
キャリア・パスポートを運用する上での課題は、以下のようなことが挙げられます。
・学校によって取り組みや内容に差があり、引き継いだシートを全体で活用しづらい
・小・中での連携は比較的取りやすいが、高校ではそれが難しい
・自己を理解する能力や記述力に生徒間で差がある
・取り組みに対する姿勢に差があり指導が難しい
・教師側の負担増(コメントや保管など)
・記入に充てる時間の確保が難しい
・プライバシーにかかわる事項の取り扱いの難しさ
・不登校や特別な支援を要する児童生徒への対応
・転入や転出する児童生徒への対応
・紛失、汚損・破損
まとめ
キャリア・パスポートは地域や学校の実態に応じて柔軟に取り組むことができる一方で、決まった形式がないことで小・中・高での連携が難しいなどの課題も浮き彫りになっています。また中学校から高校へのファイルの引き継ぎは、生徒が自分のファイルを持参していくことが多く、紛失や破損のトラブルも多く見られます。こうした面からも、高校でのキャリア・パスポートの実施は多くの配慮が必要だと考えられます。今回紹介した取り組み事例や課題を、高校での取り組みの参考にしていただければと思います。