2024/08/13(火)
令和3年3月に文部科学省から発表された「高等学校教育の現状について」によると、工業科の高等学校数は全体の7.9%、526校と少ない数値となっています。年々学校数は減っており、1975年には736校ありましたが、現在では200校以上減ったことになります。そのため工業高校の詳細について、あまり情報が得られない教員の方もいるのではないでしょうか。本記事では工業高校について、普通高校との違いや工業高校の具体的な学習内容、進学するメリット・デメリットなどについて解説していきます。また、卒業生の進路先の傾向や特徴についてもご紹介しますので、ぜひ今後の進路指導にお役立てください。
工業高校とは
工業高校とは、ものづくりに関する知識・技術を身に付け、次代の地域産業を支え、発展させる人材の育成を行う高校のことです。機械、電気、自動車、電子、情報技術、建築、土木、インテリア、デザインなど、たくさんの分野の学科があり「ものづくり」の現場で必要とされる伝統的な技術や最先端の技術を学びます。そのため就職に強く、6割以上の生徒は高校卒業後に就職しています。工業高校の就職者数は、商業や農業など他の専門高校と比べて一番人数が多いというデータがあります。
工業高校の特徴
工業高校にはどのような特徴があるか解説していきます。
履修内容
学習指導要領によると、専門学科における専門教科・科目の最低必修単位数は、25単位以上と定められています。全日制高校の卒業単位数は74単位以上と定められているので、工業高校はその1/3を専門的な教科が締めていることになります。工業高校の科目構成は61科目存在し、学科やコースによってその中からカリキュラムが構成されていきます。
工業高校の履修61科目は以下の通りです。
工業技術基礎、課題研究、実習、製図、工業数理基礎、情報技術基礎、材料技術基礎、生産システム技術、工業技術英語、工業管理技術、環境工学基礎、機械工作、機械設計、原動機、電子機械、電子機械応用、自動車工学、自動車整備、電気基礎、電気機器、電力技術、電子- 4技術、電子回路、電子計測制御、通信技術、電子情報技術、プログラミング技術、ハードウェア技術、ソフトウェア技術、コンピュータシステム技術、建築構造、建築施工、建築構造設計、建築計画、建築法規、設備計画、空気調和設備、衛生・防災設備、測量、土木施工、土木基礎力学、土木構造設計、社会基盤工学、工業化学、化学工学、地球環境化学、材料製5造技術、工業材料、材料加工、セラミック化学、セラミック技術、セラミック工業、繊維製品、繊維・染色技術、染織デザイン、インテリア計画、インテリア装備、インテリアエレメント生産、デザイン技術、デザイン材料、デザイン史
生徒の男女比の傾向
男女共同参画局の2018年のデータによると、工業科に通う男子生徒は219,071名、女子は26,907名です。男女比は8:2となり、工業高校における男女比は男子がかなり多い割合であることがわかります。
卒業後の進路傾向
文部科学省の「高等学校卒業者の学科別進路状況」によると、令和4年3月に卒業した工業高校の生徒の62.6%が就職しています。大学へ進学した生徒は16.8%でした。就職の割合は専門高校の中で一番高く、大学への進学率は農業高校に次いで低い数値でした。工業高校は就職希望者が多く、大学へ進学する生徒が少ない傾向があるといえるでしょう。また、文部科学省の「高等学校卒業者の就職状況」によると、令和5年3月末時点の工業科の就職率は99.3%と、専門高校の中で一番高い結果が出ています。さらに「全国工業高等学校長協会」のデータによると、工業高校から就職した生徒の離職率は低く、高校卒業者全体の離職率が39.5%であるのに対し、工業高校卒業者は16.3%と離職率がかなり低いこともわかっています。
工業高校と普通高校・高等専門学校(高専)との違い
工業高校と普通高校には学校数以外にも大きな特徴があります。また同じ工業を学ぶ高専との間にも違いがあります。ここではその違いについて解説していきます。
普通高校との違い
工業高校と普通高校との違いとして「カリキュラムの違い」が挙げられます。普通高校と工業高校は文部科学省から出される「学習指導要領」の内容自体が違うため、学習内容も大きく異なります。普通高校は学習する教科はほぼ中学校と同じで、主要5教科を中心にカリキュラムが組まれています。一方工業高校は「機械設計」や「電子機械」など、専門的な分野の授業時数が多く、5教科については普通高校より授業時数が少ないという特徴があります。
高専との違い
工業高校と高専の大きな違いは、卒業までにかかる年数です。工業高校は普通高校と同じで3年間で卒業できるカリキュラムが組まれていますが、高専は5年間通う必要があります。5年一貫性といいますが、その後大学に編入して残り2年勉強するか、専攻科に進むか、就職するかを選ぶという特徴があります。また卒業後の学歴にも違いがあります。工業高校は「高校卒業」という経歴になりますが、高専の場合は「専門学校短期大学卒業」という経歴になります。加えて教育機関にも違いがあり、工業高校は「中等教育機関」であるのに対して、高専は「高等教育機関」という分類です。さらに学費にも違いがあります。工業高校は公立も私立もありますが2020年より「私立高校授業料実質無償化」がスタートし、大きな費用面での差はありません。一方、高専はほとんどが国立ですが、費用面では工業高校の2倍近くかかるというデータがあります。ただし、前述の通り高専は5年間通学し、短期大学卒業の経歴を得られるので、一概に高専の方が費用がかかるとはいえません。
偏差値の点でも工業高校と高専では違いがあります。高専は全国で58校ありますが、平均の偏差値は62とかなり高い数値です。工業高校の偏差値が35~55くらいですので、違いがあるといえます。
工業高校の主な学科一覧
工業高校には各学校によってさまざまな学科が設置されています。主な学科は以下の通りです。
・機械科
・自動車科
・工業科
・工業技術科
・電気科
・電子科
・情報技術科
・システム工学科
・建築科
・建築デザイン科
・建築インテリア科
・設備工業科
・デザイン科
・総合技術科
・情報化
・土木科
・環境土木科
・都市工学科
・海洋開発科
・環境システム科
・生産システム科
・航空車両整備科
・化学技術科
・理数工学科
工業高校で取得できる主な検定や資格
工業高校で取得できる主な検定や資格は以下の通りです。
【機械系資格】
・ガス溶接技能者(厚生労働省)
・アーク溶接技能者(厚生労働省)
・ボイラー技士(厚生労働省)
・危険物取扱者(総務省)
・電気工事士(経済産業省)
・自動車整備士(国土交通省)
・自動車整備検定(愛知県知事)
・カラーコーディネーター検定(東京商工会議所)
・CAD検定(全工協会)
【電気系資格】
・電気主任技術者(経済産業省)
・電気工事士(経済産業省)
・基本情報技術者(経済産業省)
・応用情報技術者(経済産業省)
・ITパスポート(経済産業省)
・アマチュア無線技士(総務省)
・ラジオ音響技能検定(実務技能検定協会)
【建築系資格】
・建築士(国土交通省)
・宅地建物取引主任者(国土交通省)
・2級建築施工管理技術検定(国土交通省)
・土木施工管理技士(国土交通省)
・インテリアプランナー(国土交通省)
・測量士・測量士補(国土交通省)
・危険物取扱者(総務省)
・インテリアコーディネーター(経済産業省)
・土地家屋調査士(法務省)
・情報技術検定(全工協会)
・計算技術検定(全工協会)
【化学系資格】
・毒物劇物取扱責任者(厚生労働省)
・エックス線作業主任者(厚生労働省)
・有機溶媒作業主任者(厚生労働省)
・ボイラー技士2級(厚生労働省)
・高圧ガス製造保安責任者(経済産業省)
・危険物取扱者(総務省)
・火薬類取扱保安責任者(全国火薬類保安協会)
・パソコン検定(パソコン検定協会)
工業高校に進学するメリット
工業高校に進学するメリットは、以下のような点が挙げられます。
工業分野の専門的な知識や技能を学べる
工業高校では、機械設計や電子回路、プログラミング技術やハードウェア技術など専門的な知識を学ぶ授業が多く設定されています。また在学中にガス溶接や電気工事など、数多くの実習を積むことができるため、就職後、即戦力として働く力を身に付けることができます。
工業高校では、ガス溶接技能者やボイラー技士、危険物取扱者や自動車整備士など多くの資格を取得することができます。建築士や宅地建物取引主任者など、就職に有利な資格が取れることがメリットの1つといえるでしょう。
就職活動で有利
企業によっては、その企業で働くために必須の資格というものが存在します。たとえば不動産業界であれば「宅地建物取引主任者」だったり、建設業者であれば「エックス線作業主任者」だったりします。就職後に取得のために時間や費用を負担する企業もありますが、多くの企業は、就職後すぐに仕事ができる人材を求めています。その点工業高校ですでにその資格を取得している人材は、就職活動でもかなり有利になるといえます。
工業高校に進学するデメリット
工業高校に進学するデメリットは以下のような点が挙げられます。
大学受験科目に対応していないケースがある
工業高校では専門的な科目を学習することから、普通科目の授業は普通高校の2/3程度しか取られていません。そのため自分が目指す大学の受験科目を履修していない可能性が出てきます。その場合は必要科目を自分で学習するか、塾や予備校などに通う必要があります。また工業高校で学習した科目を中心に受験を考えると、工業系の大学など、受験できる学部・学科が限定される可能性があります。
進路変更が難しい
工業高校は、工業系の職業で必要とされる知識や技術を学ぶことを中心とした専門高校のため、普通高校とは履修科目が大きく異なります。そのため「工業系の職業ではなく、医療系の職業を目指したい」「就職ではなく、文系の大学に進みたい」などの進路変更に対応できない場合があります。また履修科目が違うため、普通高校への編入学も難しいケースがあります。
工業高校に対するイメージの変化(800)
工業高校は数が少ないことから情報が少なく、イメージで語られることが多いようです。工業高校に対するこれまでのイメージや、新しいの工業高校の形についてまとめました。
これまでの工業高校のイメージ
工業高校に対しては「やんちゃな生徒が多い」「偏差値が低い」というイメージをもつ人が多いですが、これはアニメや漫画の影響も大きいようです。実際には偏差値55を超える工業高校も数多くあり、数学や物理、化学、工学などの理系科目を専門的に学んだり、資格取得に励んだりする生徒が多いのが現状です。
都立校は「工科高校」に名称を変更
東京都教育委員会は、2023年4月1日から工業高等学校15校を「工科高等学校」に名称を変更しました。これは東京都教育委員会が進めている「Society5.0を支える工業高校の実現に向けたNext Kogyo START Project」の取り組みの1つで、都民からの「世界最先端の産業機械や技術を学ぶ機会を検討してほしい」「工業高校の実習設備の近代化を進めてほしい」という意見を踏まえて実現しました。今後は「先進的な工業高校の実現に向け、学科を充実」させることや、時代に相応しい実習機材等の導入や更新が順次検討されています。
工業高校に向いている生徒とは
工業高校に向いているのは、以下のような生徒です。
・高校卒業後すぐに就職したいと考えている生徒
・ものづくりや機械いじりが好きな生徒
・コンピュータを扱うことが得意な生徒
・図面やイラストを描くことが好きな生徒
・資格取得を目的としている生徒
・工業系の就職を考えている生徒
・工業高校特有の部活動に入部したい生徒
まとめ
工業高校は専門高校であるため、資格の取得や就職には強い半面、大学への進学率は低く、進学を考える際は履修科目などを含めて注意が必要です。また進路変更が難しいという特徴を踏まえて、慎重に進路指導をする必要があります。本記事で紹介した工業高校の特徴が、今後の進路指導の一助になれば幸いです。