教育現場では、一人ひとりの学びを最大限に引き出す「個別最適な学び」への関心が高まっています。「個別最適な学び」とは、生徒の学習スタイル、理解度、興味関心に合わせて最適化された教育方法です。従来の一斉授業では見落とされがちな個々の学習特性を丁寧に把握し、学びの質を根本から変える可能性を秘めています。この記事では、「個別最適な学び」の本質、実践方法、さらに具体的な事例を通じて、これからの教育の在り方を分かりやすく解説します。教育に携わる方々の新たな学びへのヒントになれば幸いです。
「個別最適な学び」の基本
「個別最適な学び」は、生徒一人ひとりの特性や進度に合わせた教育アプローチです。この概念は、指導の個別化と学習の個性化という2つの側面から構成されており、ICTの活用が重要な役割を果たします。
これからの教育に求められる「個別最適な学び」
中央教育審議会の答申で提唱された「個別最適な学び」は、従来の一斉型授業の限界を克服し、個々の生徒に予測困難な時代を生き抜く力が求められています。現代社会は、国際紛争や新興感染症、気候変動など、予測不可能な課題に直面しています。こうした時代を生きる子どもたちには、自ら問題を見いだし、他者と協力しながら解決策を探る能力が不可欠です。ただし、従来の「与えられた課題を正確に解く」ことに重点を置いた教育では、この能力を十分に育成できません。「Society 5.0」と呼ばれる超スマート社会に向けて、教育の在り方を根本から見直す必要性が高まっています。「個別最適な学び」は、ICTを活用しながら、生徒の特性や進度に応じた学習環境を提供します。
個別最適な学びを支える2つのアプローチ
「個別最適な学び」は、「指導の個別化」と「学習の個性化」という2つのアプローチで成り立っています。ここでは、それぞれの内容を見ていきましょう。
「指導の個別化」とは|生徒に合わせた柔軟な学習支援
「指導の個別化」は、生徒一人ひとりの特性や学習進度に寄り添い、最適な学習環境を創出する教育アプローチです。教師は、生徒の能力や興味に応じて、学習方法や課題、時間配分を柔軟に調整します。例えば、授業で早く課題を終えた生徒には、より発展的な教材を提供したり、理解度に応じて追加の学習支援をしたりします。生徒自身も、自分に合った学習方法を理解し、主体的に学びを深めることが可能です。「指導の個別化」は、教育の画一性を打破し、一人ひとりの可能性を最大限に引き出す手法です。
「学習の個性化」とは|興味関心にもとづく主体的な学びの促進
「学習の個性化」は、生徒が自らの興味や関心にもとづいて学習を深める教育アプローチです。個々の学習者が自分に合った学びの方向性を主体的に探求し、成長していく過程を重視します。具体的には、「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」において、生徒自身が学習テーマを選択し、自発的に探究を進めることも「学習の個性化」といえるでしょう。環境問題に関心がある生徒は地域の自然調査を、国際交流に興味のある生徒は異文化理解のプロジェクトに取り組む、といった学習が該当します。
「個別最適な学び」と「協働的な学び」の関係
「個別最適な学び」と「協働的な学び」は、相互補完的な関係です。両者を適切に組み合わせることで、より効果的な学習環境を構築できます。
「協働的な学び」とは
「協働的な学び」は、生徒が互いに協力し、対話を通じて学習を深める教育アプローチです。単なる同じ空間での学習ではなく、異なる視点や考え方を共有し、共同で問題を解決する学習方法を指します。具体的には、グループワークやプロジェクト学習において、生徒たちが協力して課題に取り組みます。人間同士のリアルな関係づくりと対話的な学びは、知・徳・体の総合的な成長に不可欠な要素です。テクノロジーが発達する中だからこそ、人間同士の直接的な学び合いの重要性が増しています。
「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実が重要
文部科学省の中央教育審議会「教育課程部会における審議のまとめ」では、学びの新たな可能性を示唆しています。個々の児童生徒の特性に応じた学びと、共に学ぶ協働的な学びを巧みに融合させることで、教育の質的転換を目指しているのです。具体的には、各教科の特性や地域・学校の実情、児童生徒の個性を踏まえながら、「個別最適な学び」の成果を協働的な学びに生かし、さらにその成果を再び「個別最適な学び」へと還元します。学びのサイクルを通じて、生徒は自らの可能性を最大限に引き出し、より深く、多角的な学びを実現できるのです。
「個別最適な学び」を実践するためのポイント
「個別最適な学び」の実践には、ICTの効果的活用と少人数指導の導入がポイントです。以下で詳しく説明します。
ICTを活用する
「個別最適な学び」には、ICTの効果的な活用が不可欠です。教育現場におけるデジタル技術の導入は、学習者一人ひとりの成長を支援する手段です。学習履歴(スタディ・ログ)のデータ蓄積と分析により、生徒の学びの軌跡が可視化されます。教員は、これらのデジタルデータをもとに個々の学習状況を精緻に把握し、きめ細かな指導や的確な学習評価が可能です。タブレット端末やデジタル教材を通じて、生徒の理解度、学習スピード、興味関心を詳細に把握できます。
少人数指導を導入してきめ細やかに対応する
「個別最適な学び」を効果的に実現するには、少人数による緻密な指導体制の整備がポイントです。中央教育審議会でも、きめ細かな指導の重要性が強調されています。少人数指導は、教員が一人ひとりの生徒と向き合う機会を飛躍的に増やします。例えば、30人学級と比べて15人学級では、教員は各生徒の学習状況、理解度、苦手分野をより深く把握することが可能です。学習進度の異なる生徒に対して、それぞれに適した課題や支援を提供し、個々の学習スタイルや興味関心に応じた柔軟な学習環境を創出できます。
「個別最適な学び」のメリット
「個別最適な学び」には、生徒の成長につながる3つのメリットがあります。教育の質を向上させ、生徒の学習体験を豊かにするポイントを見ていきましょう。
生徒の理解度に応じた学習支援ができる
「個別最適な学び」は、全ての生徒の学習状況を丁寧に把握し、従来の一斉授業では見落とされがちだった生徒の多様な学習ニーズに応える方法です。デジタル教材の活用で、生徒の理解度に合わせた最適な学習コンテンツを提供できます。つまずいている生徒には補足説明や追加演習を、すでに理解している生徒には発展的な課題を自動的に提示することが可能です。学習履歴のデータを分析することで、教員は生徒一人ひとりの理解度に応じた学習支援ができます。
生徒の学習意欲を高められる
「個別最適な学び」は、生徒の興味や学習スタイルに寄り添うことで、学習意欲を高める可能性があります。デジタル端末を活用することで、生徒は自分のペースや好みに合わせて学習を進められるようになるでしょう。プログラミング学習では、自分でゲームやアプリをつくりながら、論理的思考を育成できます。また、学習進度に応じて難易度が自動調整されるデジタル教材は、常に適度な刺激と達成感を感じられるよう工夫されています。生徒は受け身ではなく、主体的に学習に取り組むようになるのです。
ICTの活用で視覚的に分かりやすく伝えられる
ICTを活用した「個別最適な学び」は、複雑な概念を視覚的に理解しやすく伝えられる点が特徴です。動画教材やシミュレーションソフトを使用することで、抽象的な概念を具体的に示せます。ICT教材には漢字へのルビ付け、画面の白黒反転、拡大機能、音声読み上げなど、多様な機能があります。これらの機能により、視覚や聴覚に障害のある生徒も、円滑に学習に取り組めるようになるでしょう。
「個別最適な学び」のデメリット
「個別最適な学び」には多くのメリットがあるものの、実践に当たっては、デメリットに注意を払う必要があります。以下では3つ紹介するので、適切に対処してください。
ICTの活用にはコストがかかる
「個別最適な学び」を実現するためには、ICT機器やソフトウエアの導入が必須で、整備には多額の費用が必要です。1人1台端末の配布や校内ネットワーク環境の構築は、初期投資だけでなく、機器のメンテナンス費用や更新コストも発生します。補助金を活用しても、学校側の負担割合が大きい場合もあるでしょう。ICT機器が故障した際には修理費用が発生し、場合によっては買い替えが必要です。また、自宅学習を取り入れる場合は生徒の家庭にもインターネット環境が求められるため、保護者からの理解と協力を得る必要もあります。
セキュリティー対策と機器の不具合対応を検討する必要がある
「個別最適な学び」を実践する上で、情報セキュリティーの確保と機器トラブルへの対応は欠かせません。生徒の個人情報や学習データを適切に保護するため、安全なセキュリティー対策が求められます。また、ICT機器の不具合や通信障害に備えた対策も必要です。授業中に機器が正常に動作しない場合には、学習の進行に支障を来す可能性があります。そのため、代替の学習方法や教材を準備しておくことが大切です。オフラインでも使用できる教材を用意したり、グループワークなどのアナログな活動に切り替えられるよう準備しておいてください。
先生のICT活用スキルが授業の質に影響する
「個別最適な学び」の効果を最大化するには、教員のICT活用スキルが重要な要素です。ただし、教員間でICTスキルに差があることは課題です。ICTを効果的に活用できる教員は、AIドリルのデータを分析して生徒の理解度を把握し、適切な支援ができます。一方、ICTスキルが不十分な教員は、機器の操作に時間を取られ、個別指導の質が低下する可能性があるでしょう。課題に対処するには、教員向けの継続的な研修やICT支援員の配置が欠かせません。また、直感的に操作できる教材の導入も効果的です。
「個別最適な学び」の具体的な実践例
「個別最適な学び」の具体的な実践例として、AIドリルとAIを活用したものを詳しく紹介します。
AIドリルで効果的な学習を実現:
AIドリルの導入により、児童一人ひとりに合わせた効果的な学習支援が実現しています。沖縄県うるま市立兼原(かねはら)小学校では、AI搭載のアダプティブラーニング教材「すららドリル」を活用し、学力向上を達成しました。同校では、朝・昼・家庭学習を通じて「すららドリル」を体系的に活用しています。学年ごとに最適な活用法を定め、学校全体で足並みをそろえて推進しています。基本的な運用方法としては、事前テスト、弱点復習、事後テストです。この取り組みの結果、復習課題の達成率が高いクラスほど平均点がアップしています。最も成績が伸びたクラスでは、課題達成率は100%で、平均点が26点上昇するという好成果でした。さらに、児童の自主的な学習意欲も高まり、教員の指示がなくても自ら学ぶ姿勢が見られるようになっています(※1)。
AI活用で「個別最適な学び」を支援:奈良県奈良市
奈良県奈良市で2016年度から開始された「学びなら」事業は、市内全43小学校の4~6年生を対象に、「スタディ・ログ」を活用した学習支援システムを導入しました。取り組みの背景には、教員不足や児童の学習意欲低下という課題がありました。そこで、AIの力を借りて解決を図ったのです。具体的には、算数の単元テスト結果をAIが分析し、各児童の習熟度や苦手分野に応じた復習教材を自動で提供します。教員は児童一人ひとりの学習状況を正確に把握でき、個々に合わせたきめ細やかな指導が可能になりました。さらに、児童自身も自分のペースで学習を進められるため、学習意欲の向上にもつながっています。奈良市の事例は、AIを活用した「個別最適な学び」の実践例として、他の自治体や学校にとっても参考になる取り組みといえるでしょう(※2)。
まとめ
「個別最適な学び」には多くのメリットがある一方で、ICTの活用にはコストがかかり、セキュリティー対策と機器の不具合対応を検討する必要があります。また、教員間のICT活用スキルが授業の質に影響することも、考慮しなくてはなりません。今回は「個別最適な学び」のメリットを生かした、うるま市立兼原小学校と奈良市の実践例を2つ紹介しました。「個別最適な学び」の導入や、授業に取り入れる際の参考にしてください。
※1:ICT教育ニュース「『すららドリル』で課題をやりきる達成感、学ぶ楽しさと学力向上を実現/うるま市立兼原小学校」
※2:教育新聞「事例3実践例 ③奈良県奈良市」