現在の高校教育では、受験対策だけでなく、生徒が主体的に学ぶ力を育む探究学習が重要視されています。探究学習は2022年度から必修化されたことで、多くの学校が導入していますが、実際にどのように実践すればよいのか悩む教員も少なくありません。
本記事では、探究学習の基礎知識やメリット・デメリットをはじめ、実際に行われている探究的な学びの実践例を紹介します。さらに、探究学習を成功させるためのポイントや評価方法についても詳しく解説するので、ぜひ参考にしてください。
探究学習の基礎知識
近年、社会の変化に対応できる力を育むために、探究学習が重要視されています。ここでは、探究学習の基本や目的、必要とされる背景について解説します。
総合的な探究とは
「総合的な探究の時間」は、学習指導要領改訂により2022年度から高校で必修化された科目です。
総合的な探究の特徴は、教科の枠を超えた横断的で探究的な学びを促進する点です。生徒が主体的に課題を設定し、情報を収集・分析して成果を発表するプロセスを重視します。
この取り組みは、実社会で活用できる思考力や判断力など「生きる力」の育成を目指しています。各校で蓄積されつつある探究的学習の実践例は、後述します。
探究学習とは
探究学習の基本は「自ら問いを立て、自分で答えを見つける」プロセスです。探究学習では、生徒が主体となって課題を設定し、情報収集・分析・協働作業を通じて解決策を導き出します。
探究的な学びの実践例では、一連の探究プロセス(課題設定→情報収集→分析→発表)が繰り返され、問いの質が徐々に高まっていきます。
探究学習とは暗記中心の学習から脱却し、教科の枠を超え社会課題に向き合って、深く考える発展的な学びです。
探究学習の目的とは
探究学習の目的は主に3つあります。
- 「知識・技能」を育成すること:課題に向き合い、多様な情報に触れ、整理・考察する過程で幅広い知識とヒアリング・分析などの実践的技能を身に付けさせる
- 「思考力・判断力・表現力等」を育むこと:自ら課題を見つけ、情報を集めて分析し、まとめて発表する一連の活動を通して、これらの能力を発達させる
- 「学びに向かう力、人間性等」を伸ばすこと:受け身ではなく主体的に課題に取り組む姿勢や、グループで協力し合う経験を通して、自律的に学ぶ意欲と豊かな人間性を育てる
探究学習を通じて、将来社会で必要とされる力を総合的に身に付けることを目指しています。
探究学習が必要とされる背景とは
社会の不確実性が高まっている現代では、多様な価値観が共存し、情報化の進行が速くなっています。以下では、探究学習が必要とされる背景を説明します。
不確実性が高まる現代社会
現代社会では、AIの台頭に見られるように予測不能な速度で技術や社会環境が変化しており、探究学習の重要性が増しています。既存知識の習得だけでは対応できない不確実な状況が増えていることから、問題発見力と解決策を模索する能力が求められているのです。
不確実性が高まる社会的背景から、一方的な知識伝達ではなく、学習者が主体的に課題を見いだして探究するプロセスが必要とされています。
多様な価値観が共存する社会
グローバル化が進むにつれ、異なる文化や価値観を持つ人々との共生・協働が求められる場面が増加しています。探究学習は、多様性を尊重し、他者の視点から物事を捉える力を育成できる手法です。
生徒たちは協働活動を通じて、自分とは異なる考え方に触れ、柔軟に自分の意見を見直す批判的思考を身に付けていきます。この経験は、将来のグローバル社会において、多様な価値観を認め合いながら問題解決に取り組む基盤となるのです。
探究学習では、異なる考えに耳を傾け、対話を通じて新たな価値を創造する力が養われます。
情報化が進む社会
現代はインターネットを通じて、膨大な情報が瞬時に手に入る時代です。情報化が進む環境では、情報を適切に取捨選択し、正確に分析する能力が欠かせません。
探究学習では、生徒が自ら情報を収集し、分析する過程を通じて、問題解決に向けた適切なアプローチを見いだす力を身に付けられます。生徒が特定の社会問題について調査して、関連するデータを収集・分析する授業もあるでしょう。生徒は情報の信頼性を評価し、異なる視点から問題を考える力を養います。
探究学習は、情報化が進む社会において必要なスキルを育むための有効な手段です。
探究学習がもたらすメリット
探究学習は生徒が自ら問いを立て、情報を集めて分析したり自分の考えをまとめたりする活動であるため、生徒にとって多くのメリットがあります。ここでは探究学習におけるメリットをまとめました。
生徒の学力を向上できる
高等学校学習指導要領解説(総合的な探究の時間編)の中で、総合的な学習の時間で探究のプロセスを意識して取り組んでいる児童生徒ほど、全国学力・学習状況調査における各教科の正答率が高い傾向にあると述べられています。
加えて、学習到達度調査(PISA)における好成績につながっていることや、総合的な学習の時間が学習に対する姿勢の改善に大きく貢献するものとして国際的に高く評価されていることにも言及しています。
生徒のモチベーションにつながる
探究学習は自ら問いを立てて課題解決に取り組む活動のため、生徒が学ぶ楽しさを感じ、自分の成長に気付けるという良さがあります。深く学ぶ姿勢を身に付けることで、普段の学習に対するモチベーションにもつながりやすく、向上心や自己肯定感を養うこともできます。
また、目標やゴールを決めた活動は生徒のやる気を引き出し、探究学習を通じて思考力や判断力など「生きる力」を育成することにもつながっています。
生徒の進路に生かせる
探究学習の目的の1つとして、学習内容を人生や社会の在り方と結び付けて理解し、生涯にわたって能動的に学び続けられる資質を養うことが挙げられます。そのため探究学習は、キャリア教育や進路指導と連携して行われることもあり、生徒の進路に生かせる活動といえます。
実際、ビジネスをテーマに探究学習を行っている学校や、自身のキャリアプランを立てさせる活動を探究学習と連携して行っている学校もあるようです。
探究学習のデメリット
探究学習に課題を感じる教員は多く、学校が今までにどれだけ探究学習を行ってきたのかがポイントとなっています。将来、生徒が社会に出たときのための力を養える探究学習ですが、ここではどのような課題やデメリットがあるのかを具体的に紹介します。
生徒の主体性を引き出しにくい
大学受験のための勉強がメインになっている進学校の場合、探究学習のような生徒の主体性を引き出すための活動に、教師も生徒も慣れていないことが多い傾向があります。
解き方を教え、それに沿って問題集を解くことが通常であるため、自分自身でテーマを探して問題を発見したり、課題を設定したりすることが困難です。
それだけではなく、探究学習は受験科目にないことから大学受験には関係がないと思っている生徒が多く、なかなか身が入らない、どうしても受け身になりがちという現状があります。この考えは生徒だけではなく、教員にも当てはまってきます。
指導や評価の難易度が高い
テストの点や授業態度で評価するのは簡単ですが、探究学習の評価は生徒の学習状況を1人ひとり確認し、評価しなくてはなりません。しかも、学習内容が生徒ごとに異なるため、より評価が難しくなってきます。
評価だけではなく、指導の難易度も大きく上がります。探究学習のために課題を見つけさせながら、体験活動などの協働的な場面をつくらなくてはならないこともあります。
生徒1人ひとりに合わせて指導方法を変えたり、時には教員自身の専門外のことについてアドバイスをしなければならない必要も出てくるため、難易度が上がってしまうのは課題といえるでしょう。
指導計画の作成と計画通りに実行するのが難しい
どの授業でも、教員は生徒に指導する前に必ず指導計画を立てます。しかし、探究学習の場合は教科書や問題集を使って進めるものではなく、進め方がイレギュラーであるため、十分な指導計画の作成が困難です。
それに加え、計画を立てたとしてもその通りに進めるのが難しいのが実態です。必修化されて全国で本格的に探究学習がスタートしたのが2022年度からということもあり、事例が少ないのも大きな原因です。
特に、企業などと外部連携していると、学校の都合のみではスケジュールを組めないため、可変性・柔軟性の確保も大きな課題といえるでしょう。
企業・地域との連携が困難
学校内だけで終わらせるのではなく、地域の企業や専門家などと連携することも探究学習において重要です。学校外の人との交流はもちろん、実際に地域や企業が抱えている課題を発見・探究することで、生きた課題を考えたり、専門家の生の声を反映したりできるようになります。
ただ、このような学習をするためには連携してくれるところを探したり、どのような立ち位置で協力してもらうのかを決めたりしなければなりません。時間もかかることから、現実的ではないと考えている学校が多いのが実情です。
多くの手間と時間がかかる
日本教職員組合の「2024年 学校現場の働き方改革に関する意識調査」によると、全国の公立学校教職員(小学校・中学校・高等学校、特別支援学校など)は、1日の残業時間が平均2時間23分に達しています(※)。
探究学習を実施するには、資料集めや計画づくりが不可欠です。事前準備には多くの手間と時間がかかります。通常の授業だけでも忙しい中で、生徒のレベルに応じた指導計画を立て、分かりやすい教材を準備することは、教員にとって大きな負担でしょう。
今後も質の高い探究学習を継続するには、教員の労働環境を改善する必要があるといえます。
探究学習の課題の解決策は?
多くの課題はあるものの、中には課題を解決しつつ探究学習を行っている学校もあります。ここでは、課題に対してどのような解決方法があるのかを紹介します。
中長期的な視野で計画を立てる
探究学習は、1回や2回の授業時間で終了するものではありません。探究学習を行う期間の中で、どのようにして探究レベルをアップさせていくかを踏まえた中長期的な計画を立てましょう。探究学習の期間の中で、生徒がどれだけ成長したかどうかを見ることができるよう、ステップごとに目標を設定するのも良い方法です。
また計画を立てるときには、探究学習を行うときに用いるグループワーク・グループディスカッション・プレゼンテーションを視野に入れ、クラスが慣れているのかどうかという現状を踏まえましょう。現実的な目標なら、生徒は達成できる喜びを感じられます。
探究学習の意義を生徒自身に伝える
探究学習は直接受験には関係しないため、大学受験を控えている生徒にとって無意味なものと考えている生徒や教員も多いかもしれません。
しかし、探究学習は今すぐに成果が出なくても、大学生や社会人になってから役に立つ力です。それだけではなく、入試の多様性が進んでいることから、探究学習の成果を大学受験に生かせる大学も増えています。
大学受験を考えていなくても、探究学習を自分ごととして捉えられていない生徒もいます。教員は生徒に対し探究学習の意義を具体的に説明したり、最初のうちは課題の難易度を低めに設定したりといった工夫をし、生徒が探究学習に取り組みたくなる環境をつくることも大切です。
指導ではなくファシリテート・サポート役になる
生徒が探究学習を進めていると、教員側がどうしても疑問点に答えなくてはならない場面が出てきます。この場合、質問へ回答するために教員が情報を調べる手間が発生してしまい、負担が大きく増える原因になります。
そこで行いたいのが、ファシリテート・サポートです。ファシリテート・サポートとは、話を聞いて課題を進めるためのサポートや助言を行う役回りのことです。生徒に違う視点での捉え方をアドバイスし、自分の力で疑問点を解決し、学習を前に進められるようにします。
ファシリテート・サポートにより、教員を頼りにしなくても探究を主体的に進められるようになります。教員が生徒の疑問点について調べる負担がなくなるため、探究学習に取り入れたい方法です。
学校内に外部連携担当を設ける
探究学習をより深く行うためには、地元企業や地域などとの外部連携が重要です。一般的には、提携先を探してコンタクトを取り、目指すゴールを共有してPDCAを回していきます。しかし、実際には教員の負担が大きいため、なかなか実現しない・できない学校も多くあります。
そのために、学校内に外部連携担当者を設置し、連携の作業や外部とのやりとりを任せます。校内の教員だけでは難しい場合には、外部連携を支援するコーディネーターに依頼もできます。
専門のコーディネーターなら外部企業などとのネットワークがあるため、生徒の探究活動に合った企業を紹介してもらうことも可能です。教員の負担が減るだけではなく、生徒もより探究学習を進めやすくなる方法といえるでしょう。
文部科学省が提供する教材などを活用する
生徒が探究学習を進めるとき、教員は生徒のために教材や資料を集める必要があります。しかし課題の通り、教員には教材をつくったり資料を集める余裕がないのが現状です。
そこで活用したいのが、文部科学省が提供している教材です。STEAMライブラリーというサイトには、文部科学省提供の探究学習の教材が無料で配布されています。紙の教材はもちろん、動画教材や、指導計画・評価項目が詳細に記載されている教材もあります。
すでに用意されている教材を使用することで、教材づくりの手間が大きく削減できます。探究学習の最初の時期は生徒も教員も慣れていないため、時間を有効活用するためにも利用してみてはいかがでしょうか。
失敗しない探究学習の進め方
探究学習を成功させるには「課題の設定」「情報収集」「情報の分析」「まとめ」と大きく分けて4つのポイントがあります。それぞれ見ていきましょう。
1.学習課題を設定する
学習課題の設定とは、探究学習で探究したい「テーマ」「課題」「問い」を設定することです。探究学習で重要なのは、この学習課題を生徒自身が設定するところにあります。
しかしながら、生徒にとっても教師にとっても、この学習課題の設定が一番難しいといえます。最初の課題設定を誤ると、生徒の深い学びにつながらない、モチベーションが上がらないなどの失敗につながってしまうでしょう。
学習課題の設定を失敗しないためには、生徒に漠然とテーマを決めさせるのではなく、まずは地域・医療・福祉・教育・歴史・ビジネス・防災・環境など「分野(範囲)」を絞らせることが大切です。次に、その分野の中での課題や自分の問いを決めさせます。教師はその課題や問いが「深い学び」につながるかどうか、援助をするとよいでしょう。
課題の設定方法については、文部科学省の事例集を活用するのもおすすめです。
2.情報収集を行う
情報の収集方法を精査することも、探究学習を失敗しないために大切なことです。多くの生徒はインターネットで情報を集めようとしますが、その情報の正確性や信ぴょう性を考えさせることが重要といえます。
また、情報を集めることだけに終始してしまう生徒もいるため、見通しを持って情報を集める指導が必要です。図書館の利用、現地調査、インタビュー、講演会など、さまざまな情報収集の場を用意することも探究学習を成功させる鍵となるでしょう。
3.集めた情報を整理・分析する
情報をただ集めただけでは課題解決につながりません。集めた情報を正しく整理し、分析することは、探究学習の目標である「思考」「判断力」を養うために大切なことです。
まずは、事実とそうでないことについてしっかりと区別をつけさせましょう。そしてその事実について「分析」「課題の提示」をさせます。例えば「地域について調べた結果、〇〇ということが分かった」という事実に対して「なぜ〇〇なのか」「どうしたら〇〇になるか」という分析や仮説、課題を考えさせます。
こうした流れをつくり、足りない情報をさらに調べさせたり、説得力のある資料をつくらせたりすれば、まとめに向けて十分な準備ができるでしょう。
4.まとめ・発表・フィードバックを行う
探究学習のまとめの方法としてはさまざまあり、下記を組み合わせている学校も多くあります。
- レポートや論文にまとめる
- 新聞を作成する
- ポスターにする
- プレゼンテーションする
- ディスカッションする
- 報告会を開く
まとめたものを発表することも大切ですが、より重要なのは活動自体を振り返る「フィードバック」を行うことです。文部科学省によると、探究学習とは「生徒自ら課題を見つけ、情報を収集・整理・分析しながら、問題の解決に取り組み、意見をまとめ・表現することを繰り返していく学習活動」とあります。
つまり探究学習は一度の探究活動で終わるのではなく、活動と修正を繰り返しながら「もっと学びたい」という生徒の探究心を育むものだといえます。
また探究学習で陥りがちなのは、生徒がただ「楽しかった」という感想を持つことや「すごく勉強になった」と漠然とした感想で終わってしまうことです。「どのようなことについて、どのように考えられるようになったのか」など、具体的に自分の学びについて考えさせたり人からの評価を受け取ったりすることで、ぼんやりとしていた学びの内容をより具体的に感じられるようになるでしょう。
探究学習の評価方法
探究学習では、従来の点数評価だけでは適切に測れない要素が多くあります。生徒が主体的に学び、試行錯誤しながら成長する過程を評価するには、従来とは異なる採点基準や評価方法が必要です。
ここでは、探究学習に適した評価のポイントや方法について解説します。
探究学習の評価で重要な3つのポイントとは
探究学習の評価の際には、重視すべき3つのポイントがあります。「主観に左右されない評価」「多面的な視点での評価」、そして「プロセスを重視した評価」です。3つのポイントを取り入れることで、より公平で効果的な評価が可能になります。
1.主観に左右されない評価
探究学習を評価する際には、主観に左右されないことが重要です。探究学習を点数で評価するのは難しく、ペーパーテストでは適切に測れないため、一般的には「パフォーマンス評価」が用いられます。
ただし、この評価方法は評価者である教員の見方によって結果が変わる可能性があるため、主観によるブレが生じる恐れがあるでしょう。
以下のように、事前に評価の観点や基準を明確に設定する必要があります。
- 教員が設定する
- 学校全体で定めた「目指すべき生徒像」や「探究学習で育成するコンピテンシー」を基準にする
- 国際バカロレアなどの外部基準を参考にする
評価者が異なっても評価が大きく変わらないように、明確で一貫した基準を設けることが大切です。
2.多面的な視点での評価
探究学習において、評価は多面的に行ってください。生徒の成長を正確に捉えるためには、複数の評価者や評価方法を組み合わせることが求められます。
1つだけの成果物で評価するのではなく、プレゼンテーションやポスター・レポート・ディスカッションの記録など、さまざまな観点から評価することが適切な評価につながります。さらに、評価者を教員だけに限定せず、生徒自身やクラスメート、場合によっては保護者や地域の方々を含めることで、より多面的な評価が可能です。
多様な視点を取り入れることで、探究学習の評価がより公平で信頼性の高いものとなり、生徒の成長をより正確に反映できるでしょう。
3.プロセスを重視した評価
探究学習では、プロセスを重視した評価が不可欠です。成果だけでなく探究の過程を評価することで、生徒は成長を実感し、より深い学びになるからです。
適切なタイミングで複数回にわたり評価する機会を設け、学習状況を振り返ることで、生徒は自己の課題を発見し改善へとつなげられます。
例えば、探究の初期段階でテーマ設定の妥当性や情報収集の方法について評価して、中間段階で進行状況や分析の深さを評価します。最終段階では、発表内容や考察の質を評価することで、生徒は自身の成長をプロセスごとに感じられるでしょう。
探究学習の具体的な3つの評価方法とは
探究学習の具体的な3つの評価方法には、「ポートフォリオ評価」「ルーブリック評価」「さまざまな視点からの評価」があります。これらを活用することで、生徒の学びをより深く理解し、成果を適切に評価できます。
1.ポートフォリオ評価
探究学習の評価方法として最も多く使用されるのは、ポートフォリオ評価です。単なる点数評価ではなく、学習プロセス全体を多角的に見る手法です。
探究的な学びにおけるポートフォリオとは、「生徒の作品や自己評価記録、教員の指導と評価の記録などを系統的に蓄積したもの」を指します。
ポートフォリオ評価では、以下のような成果物が対象です。
- 資料集:探究過程で集めた情報や作成したスクラップ帳、取材記録
- 研究論文:生徒が作成したレポートや作文
- 評価記録:自己評価シートや教員による評価コメント
- 発表資料:模造紙の発表物、プレゼンテーション資料、提案書など
- 活動そのもの:フィールドワークやディスカッション、プレゼンテーションなど
ポートフォリオ評価を通じて生徒の成長過程を可視化し、主体性や思考力の深まりを適切に評価できるのです。
2.ルーブリック評価
探究学習のポートフォリオの評価方法に「ルーブリック評価」があります。この評価法は、生徒の学習到達状況を明確に測定するために、「ルーブリック表」を使用します。
ルーブリック表は、評価項目を縦に並べ、横には評価基準を示したものです。表を使うことで、生徒は自分の現在の位置を一目で確認でき、どの部分を改善すべきかが明確になります。
ルーブリック評価は、企業の人事評価でも広く利用されているため、信頼性の高い評価方法として知られています。ルーブリック評価を活用することで、生徒の学びをより具体的に把握し、効果的なフィードバックが可能です。
探究学習を評価する上で、ルーブリック評価は有効な手段です。
さまざまな視点での評価
探究的な学びでは、多角的な評価のアプローチが必要不可欠です。従来の「教員による評価」だけでなく、「自己評価」と複数の「他者評価」を組み合わせることで、学習プロセスと成果の両方を適切に評価できます。
教員1人では全生徒の探究過程を詳細に把握することは困難です。そこで効果的なのが、生徒自身による振り返りの「自己評価」です。
このアプローチにより、数値化しにくい感情や価値観の変化も記録できます。また、クラスメイトによる「ピア評価」や外部専門家からのフィードバックを取り入れることで、多面的な視点が生まれます。
探究的な学びの実践例では、ルーブリック評価表の活用も有効です。評価の観点と達成レベルを明確にすることで、生徒は目標を理解しやすくなります。
探究過程を記録したポートフォリオや定期的な振り返りシートを活用すれば、成長の軌跡を可視化できるでしょう。複数の評価方法を組み合わせることで、探究的な学びの多様な側面を適切に評価することが可能になるのです。
探究学習の実践例
探究学習は、学校ごとに異なる方法で取り組まれており、テーマの選び方や進め方に正解はありません。地域の特色や学校の教育方針を生かしながら、生徒が主体的に学べる工夫がされています。
ここでは、実際に行われている探究的な学びの実践例を3つ紹介し、どのように探究学習が進められているのかを見ていきます。
西東京市の小中学校:西東京ふるさと探究学習
西東京市の小中学校では「探究的な学び」の実践例として「西東京ふるさと探究学習」を展開しています。
この取り組みでは、地域住民と協働しながら地域資源(遺跡・畑・特産品など)を調査し、地域課題の解決に挑戦します。探究学習の過程でコミュニケーション力を育み、地域への愛着と誇りを醸成するのが狙いです。
特筆すべきは教科横断的な学びの連携です。 2023年度の実践事例集 には、具体例が豊富に収録されています。
西東京市立保谷第一小学校の4年生は、「SDGs目標12」に関連し、地元特産の藍(らん)を育て、染色体験からオリジナルハンカチを制作しました。この探究的な学びの実践例は、生きた知識の獲得と地域貢献を両立させています。
東海大学付属相模高等学校・中等部:「すららSatellyzer」による探究学習
東海大学付属相模高等学校・中等部では、 「すららSatellyzer(サテライザー)」を活用した探究学習 が行われています。1年生の授業では、「半分の時間で課題解決の中間報告をして、残りの時間で人工衛星を打ち上げる」というテーマに取り組みました。
「すららSatellyzer」は、地球上の課題を人工衛星の活用で解決することを目的とした全19ユニットから成る探究学習教材です。各ユニットは50分で、「レクチャー」「グループワーク」「自己・相互評価」の3つから構成されています。
まずレクチャー動画で基礎知識を学び、生徒は興味のあるミッションの選択が可能です。その後、人工衛星の活用法を考え、衛星の組み立てや打ち上げをシミュレーションし、報告をまとめて結果を振り返ります。
ストーリーに沿ってグループで協力しながら進めることで、探究やグループワークに不慣れな生徒でも楽しく学べるように工夫されています。
福岡女学院中学校・高等学校:社会課題とキャリア教育を結びつけた探究学習
福岡女学院中学校・高等学校では、SDGsの社会課題とキャリア教育を融合させた 「凛として花一輪プロジェクト」という6年間の一貫カリキュラムを実施 しています。
同プロジェクトでは、生徒が情熱を持って取り組みたい社会課題を自ら見つけ、チームで協力しながら課題解決やソーシャルビジネスの創出に挑戦します。
学年 | カリキュラム |
中学1年 | 職業観の土台づくり |
中学2年 | 仕事と社会のつながりを学ぶ |
中学3年 | SDGsと企業活動を研究し企業のミッションに取り組む |
高校1年 | 個人研究の基礎スキルを習得 |
高校2年 | 社会課題への意識を高めテーマの発見 |
高校3年 | キャリアと進路を決定 |
探究学習を通じて、生徒たちは社会貢献とキャリア形成を結びつける視点を養います。
成功に導く探究学習のポイントとは
探究学習が成功するかどうかは、その進め方に大きく左右されます。ここでは、特に重要なポイントについて詳しく解説します。
生徒が自発的に学ぶ意欲を高める
探究的な学びでは、生徒の「やってみたい」という内発的な動機が原動力です。テーマ設定から活動プロセスまで生徒の自主性を尊重し、失敗を恐れずチャレンジできる環境を整えることで、予想外の学びが生まれます。安心して挑戦できる場をつくることが、探究学習の第一歩です。
探究につながる問いを設定する
探究的な学びの質を高めるためには、適切な「問い」を設定しましょう。単に「イエス」「ノー」で答えられないオープンな問い、インターネット検索だけでは解決できない問い、実社会と接点を持つ問いを設定することで、探究の深まりと広がりが生まれます。良質な問いが探究的な学びの成功を左右します。
実社会と結びついた学びを重視する
実社会との接点を意識的につくることが重要です。地域企業や団体との連携や、専門家へのインタビュー・フィールドワークなどを通して、リアルな社会課題に触れることで学びに現実味が加わり、生徒の当事者意識が高まります。
達成しやすい段階的な目標を設定する
探究的な学びでは、大きな目標を達成可能な小さな目標に分割することが効果的です。1カ月単位での具体的な目標設定や中間発表会の実施など、小さな成功体験の積み重ねが、生徒のモチベーション維持につながります。
定期的な振り返りを行う
探究的な学びは、定期的な振り返りによって深まります。活動記録の作成やグループディスカッション・ポートフォリオの活用などで振り返りの機会を設け、「何を学んだか」「どう成長したか」を可視化しましょう。
学校外のリソースを活用する
探究的な学びの幅を広げるには、外部リソースを積極的に活用することが重要です。オンライン会議システムの活用による専門家との対話や地域施設の利用など、学校の外にある知見や経験を取り入れることで、学びの可能性が広がります。
生徒の主体性を尊重する
教員は、生徒の探究をサポートする伴走者としての役割を果たしましょう。生徒の思考を促す適切な問いかけをし、必要なリソースへの橋渡しをしながら、時には見守ることも大切です。生徒の主体性を尊重することで、生徒の学びが深まります。
まとめ
探究学習は、ただテーマを設定して研究するだけではありません。社会人になったときに必要となる力を身に付け、より活躍できる人材を育てることが目的とされています。受験勉強には影響がほとんどないため、一部の生徒・教員にとっては必要のないものと思われがちですが、受験のその先を見据えると重要な学習といえます。
探究学習を進める上で、学校ごとに抱えている課題は異なります。まずは課題を洗い出し、解決のためには何ができるのか、対応は可能なのかを検討することが重要です。生徒の主体性を引き出し、探究学習を充実させる工夫を取り入れることで、より実りのある学びへとつなげられます。
※:日本教職員組合「 2024年学校現場の働き方改革に関する意識調査 」(8ページ:①在校等時間)